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〜*※××*CK※
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「…知っていますとも」

丑三つ夜。煌々と光を称える女神に背中から愛されながら嘯く、白い影。
以前より大層立派な屋敷に見える…その高みよりトンッ。と降り立つ。
暗きの中で淡く揺れる、それを映す水面の底を見つめては、フッと息を零した。

今は、直ぐさま飛び立つ為の翼もなければ、例の白の衣装でもない。
身が削がれるかの様な夜風の中、やはり研ぎ澄まされたその横顔…そうしてそっと添えられる何者かの手に。
深みを増したアメジストは、それに応える様にスッと伏せられた。
するりと滑り込ませてくるその動きには、特に抗うこともなく。少しずつ後退る様に庭先を跡にする。

程なくして水面近くへ上がってきた錦鯉が、月の隠れた闇夜にピチャリと濡れた音を立てた。


――さあて、そろそろ…

――相変わらず、無粋な方ですね…
気怠げにそう返すと。相手は力の入らない腕を掴み、ズルリと畳へ引きずり倒してくる。
ギリと食い込む銀の輪の鎖を引き上げながら嗤う、太眉醜顔の男を。変わらず見上げてはクッと首を伸ばし、仄かに囁いた。

月が闇夜に堕ちる――絡めたそれがチャリと鳴り、乾いた畳の上、転がり重ねる影が映し出された。

――や……ッア………っ

――んぬ…おおっ…こ、これは……!!!い



―――ちょっと待ったァァァアッ―――バキッ!!!!

――ぁ……っキッ
――な、何奴…

ブチッ。その瞬間切れた何か…そうして最早目の前が、メラメラと修羅の炎に一切が呑まれていくのを感じた。

――お、おい…オメー
ヒク、と工藤の動きも氷りつく。否…、時の臓自体がその動きを止めた。

「……貴…っ様らぁぁあっ―――!!!!」

そしてそれは、一つの怒号と共にまた動き出す。

+ + +


―――無事でいろよ……!

早馬の如く、事態を知ると共に再び翼を広げた。空を翔る途中、漸くキャッチできた工藤には単車で後を追って貰うとする。
嫌な予感はしていた。それは顕著に彼の人の気配にすら感じられていたことなのに。

――おい。……オメー等、何かあったのか?
事件解決後の一服さえ邪魔された工藤が、而してそれ程不満げにでもなくマイクに向かう。

――何がって……別に
――まさかアレか?あん時のをまだ引きずってるとか…でもなぁ、あれはどっちかってぇとオメーの方が悲惨だったよな?
――くっ。…思い出しちまったじゃねーかっ!…おー酸っぱ


当然の様に過ぎった…先日受けた強烈な記憶のそれ。そのあまりの仕打ちに、キッドは思わずべっと舌を出して顔をしかめた。
――つーか、何もそれでいなくならなくとも…
いや、本当に散々だったな等と苦笑交じりに応えた後。今夜この身に絡む風が、やけに生温いと感じた…淀んだ空気中、瞬く間に女神の姿は隠されてしまう。

「…工藤、ちょい飛ばすぜ」
「…了解!」
ピッと左手首辺りにあるボタンを押すと、グライダー後尾に強化プロペラ機が装備される。


―――その時にはきっとこれを使って、直ぐに駆けつけてきて下さいね?

等と以前に言っていた気がしたが…。

「まさか本当に使うなんてなぁ」
「それは、彼奴の?」
「ああ…」
これを作ったのはKIDだった。いつの間に施されたのやら…そして今まで使わないまま。
ただし整備だけはしていただけ有って音も良く、頗る快調だ。
木々が開けると…右手に広がる濃紺の海。潮風に乗り、高く高く上昇して見上げた雲間、女神の微笑みに与るも束の間。


「…おい」
「O.K.(グッ)」
林の陰に単車を隠して、更に奥へと進む。キッドもトンッ。と降り立ち、素早く翼を仕舞うと工藤へと駆け寄った。

「こっちだ」
進んだ先、草に隠れたぽっかりと開いた縦穴が迎えた。結構奥までありそうなそれは、以前キッド達が掘ったものらしい。
「ん」
「サンキュ」
カチッと音が響き、目の前に細い道が円形に示される。ヒュウと鳴らした工藤は、くゆらせた伊達を落としてぎゅっと踏み消した。

「何してんだよ…?」
カチャカチャと何やら機械を取り出しては、覗き込んでいる相手の腰に、工藤はひょいと抱きつき覗き込む。

「煙くせーぞ、おっさん」
「…これって」
「んー…まだ作動してたか…トラップ」
「トラップ!?」
半眼で見やると、相手は徐に工藤の手を掴んでぐいと引いた…そうして繕う間もないまま、二人で穴の中へ駆け込む。
が、そのまま否…更に加速させては全力ダッシュでつき進む。

「…っお、い…何だってんだっよ」
「トラップっ解除したからっ…爆発で入り口が…」
「ああ!?んだってー!?」
「……ぁ、悪ぃ…っくど…バイクがっ」
「……ま、いーけどよ。ってか、これ道…狭くねぇかっ!?」
「…第二波くるぞ」
「…どこから」
「直ぐ右からっ…!?」

―――ドッカーン…バラバラ

「ふへぇ…ギリギリくせー」

「な、なな……っ!?」

咄嗟に目に飛び込んだ横穴に向かって弾丸の如く突っ込む…有無をいわせず腕から引っ張り込まれた。
ふざけんなとばかり睨んだ相手は、息を整えながら片手を合わせてくるが…工藤も容赦なく片手を頭へ見舞った。

「テメーがっんなことしてる間に彼奴は…っ」
「ふっ……KID――――!!!んぐっ」
「ばっ、か!大声出すなっ……何か、くる…」
「あ……やっべ」
「…まだ何かあんのかよっ!」
「いや、その…」
「何だ!?」


+ + +


―――こんな時だからこそ、ですよ。ご心配なく、既に手は打ってありますから

空に浮かぶ丸い月の。その清らかで淡い輝きを身に一杯受けながら。ふわり白い気配が、闇夜に立った。
既視感に訴えてくるのは、少々熱気を孕んだ空気と、しんとした屋敷の庭に立つ木の踏みしめた枝の形。
間髪置かずにくる発砲にトンッと飛び上がり…而してそのまま静かに着地する。
ポン☆と煙幕が広がり、一瞬にして視界を奪われた撃ち手達の動揺も構わずに。
煙が晴れたその場に佇む、スッと伸びた影が歩みを進めた。

「ご静粛に。毎度の手厚い歓迎傷み入ります…ああ、どうか暫しそのままで」

土埃の舞う湿気を帯びたこの空間ではいい加減息が詰まる。喉から胸にかけてのこの蟠りは…先程までに隅々まで浴びた煌々とした光の中に全て流した筈なのに。
何を今更…と、流した視線の先に、見覚えのあるシルエットを捉えた。

―――何だ貴様…何を企んでいる!?

「これはこれは。いつぞやはお世話になりました…別に何も?ただ、貴方々の血眼になって探している…これをとうとう見つけたものですから。是非ともご報告にと上がったまでのこと」

淡々と告げながら音もたてずに歩みを進める…奇術師は、徐にハットに手をかけてスッと取り去る。

「今宵参りましたのは…」

「―――待て。撃つな」

片手に持ち上げたハットの中より取り出される、その眩い石の輝きをKIDはそのまま高らかに掲げてみせた。

「よくご覧なさい」
「それが持つ意味を…わかっているのか!?」
フッと引き上げた口角。逆光にモノクルが煌めく…その裏で俄かに揺らいだ瞳も。
しなやかな指先に納まる、光の根源のその中心に見受けられる殊更赤い宝石に、皆釘付けになる。

―――ァァァア……
陰鬱なる闇を華ぐ、清らかな女神の差し伸べる手に抱かれたそれは、煌びやかに妖しく赤々とそれを浮かび上がらせた。

「何だと……これの価値を、貴様は」
「当然知っておりますとも。ですからこうして、わざわざこの忌まわしき…末世の女神より賜りし伝説の品を携えて参りました次第にて。つきましては、是非とも貴方々の総統殿に、お目通りを願いたく。宜しくお取次の程を」

一際眩い光を放つ赤い輝きを軽く放り上げる。パシッと掌で受け止め、翻った純白をキュッと引き上げて嗤った。

「フン…ぬけぬけとっ、構わん、狙え!」
ジャキ。一斉に向けられる銃口すら一切気にも留めずに引き上げたそれを大きく払うと、ハットを飛ばす。

「それと安心して下さい。今宵私はこの通りこの身一つで参りました。…それでは、マントと…なんでしたら上着も取り去った方が宜しいですか」
そう言うなり、肩よりグッと引かれる純白。一瞬闇にはためかせた後、バサリと音を立てて足下に緩く広がった。
続けてその上に、同じく純白のそれがふわりと重なる。

「ククク…。更に」
何時の間に握られたのか、例の愛機をクルクルと回して…そっと銃口へ口付けると。そのまま上空へ向かってポンッと放った。
バァンッ!と弾けたそこから、大量のトランプが吹き出してはバラバラと空を舞い、ヒラと地に沈んでゆく。
上着の内より這い出た愛鳩もまた、そんな上空を数羽旋回しているという…賑やかさ。
全てを吐き出した愛機を、沈む純白へと放ると。軽く胸に手をあてがえて、些か顔の引きつる面々の前へと進み出る。

「さあ、どうぞお取次を」
まるで懇願する様に、両手を広げる。そうして例の男の前までくると…何と跪き、深々と頭を垂れる。

「石を渡せ」
グイと押し付けられたそれには何の反応も示さずにいると。苛立ちのまま、KIDの足下に数発撃ち込まれた。
男は更に、まだ熱い銃鉄で持ち上げさせた顔…その涼しげな口元を眺めるや、グッと首元を掴み引き上げる。

「丸腰の相手に、また容赦のない…」
「石と、その命を置いて行って貰おうか」
「石は隠しました…っそれにお言葉ですが」
僅かに眉を引き上げ。その、モノクルだけが妖しげに光を集める…端正な面に、男は僅かにおののいた。

「今宵私は、貴方々の大事な貴賓の筈。そして石は…貴方々含め総統殿の目の前にてご披露させて頂くその時に。この手で…粉々に砕いて差し上げるのですから!!」

顔を上げ、ギッと仰ぎ見ると。フンと鳴らした髭面の目はみるみるうちに血走っていった。


「そいつは面白い」

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