■文、etc
□白*K
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妖艶な、とも言い表せるような顔で夜風に吹かれながら、キッドが近付いて来る。
「・・・っ!」
「・・・では、腕ではどうです?」
━━━ッズプリ。
途端に、白い腕に花のように紅が滲み出した。
ボタボタと滴るナイフをペロリと舐め、キッドは更にそれを持ち換えてニヤリと笑ってみせる。
「・・・眼が、見えなくなったら…、っ…!」
━━━カッシャーン…。
飛ばされたナイフを眼で追うとしたキッドは、頭ごと両腕で強く抱き込まれていた。
白馬の声が、頭に直に響く。
「・・・いい加減にしないか!」
グッと肩を掴まれ、スッと伸びてきた指で顔を上げられる。
右頬を染める紅を指先で拭い取ると、白馬はその頬を撫でながらそっと口付けを落とした。
「・・・白馬探偵…」
━━━愚問ですよ。譬、君がどれだけ傷を負ったとしても…
「君が傷ついた分だけ、僕は愛してあげます。」
━━━見返りなんて求めませんよ。
腕が傷ついたときは、腕を。
そう云いながら、先程キッドが自ら切りつけた其所に優しく口付ける。
「瞳がみえなくなったら?」
「その瞳を」
━━━チュ。と優しく瞼に触れた。
「足を失くしてしまっても?」
「勿論この僕が、全力で支えます」
強く抱き寄せられた。
「手が傷ついたなら、その手を」
そう云ってキッドの手を取り、恭しく口付ける。
「安心して、僕の側で羽を休めて下さい。僕が君を守りますから」
「私は…そんなものは信じません」
「それでも今、僕の腕の中は温かいでしょう?」
━━━君にとっての宿り木になること、それが僕にできることなら…それで。
「・・・」
「受け取りますよ。さっきの手紙…」
━━━━だから、せめて今まで通り側にいてくれませんか。
・・・ああ、何でコイツはこうなんだ…。
・・・せめて最後のキスを…それくらい、いいだろう?
「・・・っ、ちょ…っ!」
口許を遮ろうとした手は払われた。
後頭部をしっかりと支えられながらの其れは、信じられない程の勢いで…。
駆け巡る熱は、口内をねっとりと貪る。
しかし思い懸けず、白馬から初めてもたらされた、熱い感情に浮かされたのもまた、束の間のことだった。
やがてゆっくりと体が離される頃には、キッドは冷静さを取り戻していた。
想いだけが、巡る。
━━━どうして、拒絶するんだろう…コイツは。
次第に心が冷えていく。
━━コイツは、目の前にいて、俺が傷ついていくのにすら気がつかないのか。
嘲笑すら浮かべながら、キッドは思う。
心の中、晴れることのないモノクロの世界。
望むものは只一つ…この手にしたもの、それをずっと抱き締めて手離したくはなかった。
体が、震え出して止まらない。
・・・どうしてこうも巧くいかないんだ…!
ギリッと思わず奥歯を噛んだ。
『俺には…愛なんてみえないよ』
交される程に勢いを増し、その想いは心の奥で白い炎となって燃え続けていた。
今も、また。
胸の中が灼けつくように痛むのだ。
何故、から回るばかりなのだろう。
弾みで飛んでしまったシルクハットを拾い上げ、手渡しながら白馬は云った。
「僕はね、キッド…」
無理矢理押し殺した酷い声だったが、構わずに白馬は続ける。
━━━愛していた。君の全部。
奪うなんてできなくて…それでも止められないから、せめて時が止まる瞬間を心に描いて。
━━━愛していた。
譬…だれの手に触れられたとしても、手に残る君の温もりを信じていた。
見上げた空。
その暗闇に消える月の光は、いつだって僕の中に溢れているよ。
「・・・黒羽君…」
「誰です、それは…?」
━━━傷ついても、それにすら気付かない君の危うさが、愛しいよ…黒羽君。
「本当……、最低だけれど。」
━━━堕としたいと思ってしまうんだ。
偽りを纏って、自由の空に遊ぶ君が…なくのを見たい、なんて。
いつも優しく、抱き締めているだけ、それでもいいと思っていた。
君が僕を見ていてくれるなら、それだけで良かった。
君も、こうして寄り添って来てくれるだろう?
傷ついた夜に溺れる白い鳥を、この手で守っているのだと…そう思っていた。
「僕は…ずっと━━━━。」
吹き上げた風に、キッドのマントが舞い上がり、大きくはためいている。
やがてそれが止むと、キッドは徐に被っていたシルクハットに手をかけながら、漸く口を開いた。
「本当に、………」
「・・・えっ!?」
━━━━馬鹿。
スポッ、とそれを白馬の頭に乗せながら、キッドは続ける。
「バーカ、白馬カ!…駄馬!…本当に…お前はっ」
━━━━━!?
「やっと本心でたな。お前」
「・・・え、」