TOX2

□弟なんだから・兄なんだから
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GHSにメールが届く。兄さん専用の着信音を聞くだけで顔が緩んでしまう。
[今から会社を出るよ]
一文だけの短い内容を眺めて顔を上げる。クランスピア社のエントランス出口の扉を見ると、ちょうど兄さんが出てくるところだった。
「兄さん!」
朝見て以来の白いコート姿に喜びを隠すこともせず大きな声で叫ぶ。びっくりした顔をして、でもすぐに俺の姿を見つけると笑顔になって早足でこちらに来てくれる。
そんな兄さんの姿に優越感。
だって、ファンクラブの女の子達が羨ましそうに見ているから。
「迎えに来てくれたのか?」
「うん。ちょうど買い物の帰りだったからさ」
「そうか。お前が迎えに来てくれて嬉しいよ」
節ばった大きな手が頭を優しく撫でてくれる。
「やめろよ。俺もう子供じゃないんだから」
「悪い悪い」
そう言いながらも手を止めない。口では拒否しながらも俺が喜んでいることを兄さんは分かってる。それが嬉しい。ファンクラブの女の子達の苦い表情を横目に眺めてさらに優越感に浸る――ふと一人の少女が目に入った。ピンク色の可愛らしい便箋を両手で胸に抱えている。
ファンレターか、ラブレターか。兄さんにわたそうとしているのだろう。
(わたさせない)
「それにしてもまたトマトを買いこんだな」
くすくすと笑いながら、両手にぶら下がっている買物袋の左手の方を持ってくれる。空いた左手でコートの右袖をつまむと、どうした?と首を傾げられた。
「……兄さんはさ」
「うん?」
「俺のこと好き?」
「好きだよ」
「一番?誰よりも?」
俯いてつまんだ右袖を見つめる。兄さんは右手をぐいと引っ張ると、袖をつまんでいる俺の手を握ってくれた。
「当たり前だろ。お前は世界でたった一人の俺の弟なんだから。……愛してるよ」
弟。その言葉が嬉しくもあり、悲しくもある。
ただ、今の言葉でもファンクラブの女の子達に与えたダメージは十分だ。怯んでしまっているのが表情から読みとれる。
「うん、俺も愛してるよ」
手を強く握り返してとどめ。
(わかっただろ。誰も兄さんの特別にはなれないんだよ。俺が兄さんの一番なんだから)
優越感、独占欲。なんて汚い感情。バレたらきっと兄さんは弟とすら読んでくれなくなるんだろう。
『弟なんだから』
ずきずきと痛む胸に気づかないフリをして、兄さんと帰路に着いた。

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