TOX2:長編

□episode2
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――ああ、家か
どうやってここまで帰ったのだろうとルドガーは記憶を手繰り寄せるが、思い出せない。ただ頭の中に繰り返されるのは自分を訝しむように見る兄の姿と、淡々と現状を語るノヴァと医者のみ。


「単刀直入に言います。あなたのお兄さんは記憶喪失になっています」
別室に移動しルドガー、ノヴァと順番に入室する。最後に医者が扉を閉めるのと同時に、きっぱりと診断結果を言い放たれた。
否定は出来なかった。先程話したユリウス自身から、覚えていないと謝罪された。兄がそんなことを冗談でする人ではないことはルドガーが一番分かっている。
「治るんですか?」
「治る、とは断言できません。早くて次の日に記憶を取り戻す人もいれば、数週間、数ヶ月、数年、一生思い出さない人もいますから」
「……そうですか」
「まあ、気楽にいきましょう。実際は思い出す人の方が圧倒的に多いです。ただ記憶を思い出した際に、記憶喪失の間の記憶を失ってしまうようですがね」
記憶喪失の説明が一通り終わった後、ノヴァが怪我の経緯を語り始める。
「エージェントの仕事の際に、敵の攻撃により頭を強打したみたいです。自力で会社に戻ってきたのですが、それから気を失って病院で目が覚めると記憶喪失の状態でした」
――やっぱり兄さんは俺のせいで怪我を……兄さんが戦闘で失敗なんてするわけない
ルドガーは奥歯を噛み締め、拳を握る。
――本当に告白なんかしなきゃよかった。そんなに思いつめるほど俺の告白が嫌だったなんて
そこまで考えてはっとする。
記憶喪失ということは、告白した記憶も失っているということ。
――何考えてるんだ俺
少し安堵してしまった自分が憎いと、ルドガーは握る拳を震わせる。
「記憶が戻るまでの間、仕事は特別休暇とさせていただきます。給料も払うので心配ならないでください」
「……はい」
「とりあえずユリウス室長は一日入院して様子見となります。ルドガー様も明日から記憶喪失のユリウス様と暮らすわけですから、今日は家に帰ってゆっくりなさってください」


「ゆっくりなんて無理だろ……」
記憶のない兄と暮らすということについてルドガーは考える。今までの記憶が全てないということは、他人からのスタートと等しい。不安に思わない者などいないだろう。
――でも、記憶喪失の間だけは告白をなかった事に出来るんだよな
記憶が戻ってしまえば、もう以前のような関係には戻れないだろう。そこまで考えて、ルドガーの頭の中に医者の言葉が蘇った。
『ただ記憶を思い出した際に、記憶喪失の間の記憶を失ってしまうようですがね』
――だったら、兄さんの記憶がない間だけでも恋人になれるんじゃないのか?
兄弟であり、付き合っていたと言えばいい。そうすれば今の間だけユリウスと恋人になれる。
ルドガーの中のまっとうな理性が、止めておけと警報を鳴らす。しかし完全に弱ってしまった心は聞こえないふりをした。


episode3へ続く


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