Dendrobium Phalanopsis type

□第1章
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「ここまでくりゃ、大丈夫か…」

 彼は呟くと、私を振り返った。水色の瞳が再び私を見据える。
 私は緊張と恥ずかしさで思わず俯く。どうすることもできないので、そのままじっと地面を見つめていた。
 と、ふいに私の視界に黒いブーツが入り込む。
 それはどう考えても彼のモノで。
 はっとして気づけば彼は…。

――スンスン――

「!!?」

 私 の 匂 い を 嗅 い で い た !?

「……間違いねぇ」

 彼は誰に言うとでもなく呟く。

「デューイとおんなじ匂いだ…」
「えっ…!?」

 聞き覚えのある名前に私は反応する。自分が気が弱いことも忘れ、思わず口を開く…が。

「あのっ…!!」
「さ、て、と…」

 彼の言葉に遮られ、私は口を閉ざさるをえなかった。
 彼は私から一歩離れると小さく笑って言う。

「改めまして…」

 それから私に向かってふわり、と跪いてみせた。

「へ…?」

 この人、なにを―――。

「お初にお目にかかります。ニーア・フローレンス様。ワタクシは貴女様の僕(シモベ)、契約者のフェンリルです」

 言いたいことを一気に言うと、彼は顔を上げ、得意気にニヤリと笑ってみせた。

「……?」

 えーと……? この人はつまり、何が言いたいんだ…?
 馬鹿正直にそう思った。
 思考回路は停止している。
 しかし、その思考回路が再び機能し始めたとき、私は―。

「え? えっ!? えぇっ!!? えぇーーーっ!!!!」

 『え』を連呼していた。
 そんな私の様子に彼は立ち上がりながら苦笑する。

「ンな態度すんなよ。傷つくぜ?」

 けれど彼のそんな言葉も、今の私は気にする暇もない。それくらい気が動転していた。
 だってそうでしょ!?
 今まで一度も精霊を使役することができなかった人が、急に現れた初対面の人に「アナタの僕です。契約者です」なんて言われたって、誰がすぐに納得するもんですか!!
 はっ! ていうかこの人、人間だし、精霊じゃないもん!!

「…おい」

 あ、でも確か、『フェンリル』って言ってたような…?

「おい…!」

 ああ、なんか、クラクラしてきた……。

「おいッ!! 聞いてンのかッ!?」
「はっ、はいぃぃっっ!!!!!!!」
 彼の大声にようやく覚醒した私はすっとんきょうな声を上げた。
 一方彼は、不機嫌に眉をしかめ、私を見下ろしている。

「大丈夫か?」
「だっ、大丈夫です!!」
「ならいいけど…。ま、その様子じゃ、俺の話も信じてねェようだがな」

『そりゃぁ、まぁ、簡単には信じられませんよ…』

 と、内心で呟く。
 そんな私の前で彼は少し考え込む素振りをみせる。
 それから「よし」と呟いて私に言う。

「証拠、見せてやるよ。お前が俺の主だっていうな」
「証拠……?」

 私の言葉に彼は頷く。

「あぁ、そうだ。――お前、リング持ってんだろ?」

 リング……?
 なんのだろう…?
 考え込む私に彼は呆れ声で言う。

「指輪だよ。指輪。持ってんだろ?」
「え、と…。えと……」

 指輪なんて填めてないし、そもそも持っていなかった。
 だから彼が言う事もイマイチ理解できない。
 どう答えようかと思案する私に彼はイライラし始めたようで。
 銀の髪をくしゃくしゃと乱暴に掻き、言った。

「どうなんだよ? 持ってんの? 持ってねぇの?」

 答えざるをえなくなった私は仕方なく、ビクビクしながら言う。
「も…、もって、ない、です……」
「――は?」
「持ってないです」

 私の言葉に彼は信じられないと言いたげな表情(カオ)をしてみせる。
 しかしすぐに真面目な表情(カオ)をして考え込む。

「んー…。じゃあさ…」

 呟いて、ピッと私を指差した。

「ずっと身に付けてるもん、ない?」
「ずっと、身に付けてる、モノ……?」

 「あぁ」と彼は頷き、付け足す。

「別に、リングじゃなくてもいい。とにかくずっと身に付けてるもん。あっだろ?」

 ずっと、身に付けてる…。
 私は無意識のうちに、服の上からそっと胸のあたりを押さえていた。
 そこには御守り代わりにと母から貰ったペンダント―父の遺品が掛かっていた。それは不死鳥(フェニックス)を象ったもので碧い宝石で造られているものだった。
 貰ったとき「肌身離さず持っていなさい」と母に言われたのを覚えている。とても、真面目な表情で言われたから。

『これの事…なのかな?でも…』

 正直、見せたくなかった。
 これは私が一番大切にしてる物だったし、万が一欲しいなどといわれたら断れなくなる事は目に見えていた。
 渋る私に彼が声をかける。

「そこ、かけてるもん、出せよ」
「っ!?」
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