Dendrobium Phalanopsis type
□第1章
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―数十秒後。
「怖いならしっかり掴まっとけ!あと、籠落とすなよー!!」
彼の言葉に目をギュッと閉じて必死に頷く私は―。
「……っ」
彼の腕に抱かれ屋根の上を渡っていた。
と言うのも彼が広い所に移りたいそうで。私が大人しくそれを許可したところ、突然、俗に言う「お姫様抱っこ」をされて…。今に至る。
馴れない感覚に意識が飛びそうになる。それでも必死に意識を保って彼にしがみついていると、しばらくして耳元で鳴っていた風音のが消える。そのかわり耳に届いたのは「着いたぜ?」という彼の言葉。
恐る恐る目を開ければ、そこはだだっ広い空き地…のようなところだった。
ここ、どこだろう?
彼の腕から降ろしてもらった私がそんなことを考えながら、辺りを見回していると。
「えーと?“本来の姿になって、服従の姿勢をとれ”だっけ?」
彼の声に振り向けば、彼はまた、不敵な笑みを零す。それから私にむかって仰々しくお辞儀をしてみせた。
「主様の仰せのままに」
言って少し顔を上げてニヤリと笑うと、眼を閉じてスッとまっすぐに立った。
それから、ふっと小さく息をつくとポンッと宙に跳びあがり、そのまま宙でくるっと前転して・・・。
「!!」
再び地に降り立った彼の姿に私は言葉を失った。
そこにいたのは、人間ではなく。
少し蒼みがかった白銀(ギン)の毛並。聡明そうなサファイアの瞳。神々しい、大きな、大きな、狼――。
『驚いたって顔してんな』
「っ!?」
ふいに脳裏に響く声に驚いて思わずきょろきょろすると。
『おいおい、どこ見てんだよ?目の前にいんだろ?』
笑いを含んだ声に前を見れば、あの狼が佇むだけ・・・。
『言ったろ?“オレはフェンリルだ”って』
そうしてその狼はごろりと寝そべると私に向かってお腹を見せた。
「服従の、姿勢・・・」
呟く私を一瞥して、狼はフフンと笑い、『触ってもいいんだぜ?』と脳裏に呼びかけた。
私は迷うことなく狼に近づいた。不思議と恐怖はなかった。この狼は私を傷つけない。そんな思いが私の中にあった。
美しい白銀(ギン)の毛に触れればそれはふわりと揺れる。私は思い切って、大人2人は乗るであろうその身体に体を預けてみた。
狼の呼吸に合わせて上下するお腹は柔らかくて、温かい。『ここで寝たら、気持ちいいだろうなぁ・・・』なんて、そんなことを考える。
暫くそうやって温もりに浸っていたが、もそりと狼が動く感覚に顔を上げる。
ぱちりと狼と目があった。彼はふすんと鼻を鳴らして問いかける。
『満足か?』
「あ、えーと・・・」
とりあえず体を起こし、狼から離れる。
私が離れたのを認め、彼はのっそりと起き上がると再び宙返りをして見せた。
「よっ、と」
すたっと降り立つのは元の人間の姿の彼。軽く頭を振って、それからこちらを見やる。
「で?」
「え?」
「え?じゃねーよ」
その言葉に首を傾げる私に彼は小さく溜息をついて言う。
「やったろ?お前の言ったこと全部。――信じてくれんだろ?」
「あ・・・と・・・」
そうだった。そういう約束だったんだった。
「あー・・・えと・・・」
「どうなんだよ?信じるんだろ?」
「あ、あーと・・・」
今更、信じない、とは言えなかった。
実際、彼は私の言うことを聞いて本来の姿に戻った。契約者にしか見せないはずの服従の姿勢までとって見せた。
信じる信じないではない。信じざるを得ないのだ。
『でもなぁー・・・』
今までずっと自分には精霊を使役する力などないと信じていた私にとって、それはあまりにも急すぎることで。信じなきゃと思う反面、それでも信じられないという思いがあった。
うんうんと悩んでいるうちに、彼は痺れを切らしたらしい。重く息をつくと仕方なさげに頭をかいた。
「まぁ・・・。こんなすぐに信じろっつーほうが無理な話だったよな・・・」
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