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□vision
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あの後ろ姿を見つけると

駆け出さずにはいられない。


ユラユラと揺れる銀色の髪。

大きな背中。


ふいに後ろからギュッと抱きつくと、

ふわりと薫るのは
控えめな香水と彼の匂い。






「名前ちゃんやめんしゃい。動けん」


『どうして私だって分かったの?』


「お前さんしかこんなことする奴おらんじゃろ」




そのままの体勢で頭をポンッと撫でられたら、

私は無意識に笑ってしまい
その背中から離れる。


本当は離れたくなかったって思ってるけど、

からかわれるから素直に言ってあげない。


ニヤニヤした仁王の表情から
気付かれているんだろうけど。






「言いたいことがあるなら言いんしゃい」


『だ、誰にも見られてなくてよかったと思ってるの!』


「俺は誰に見られてもいいがな」




こんな些細な一言がとても嬉しい。


それは私が仁王の彼女だって証明になって、

いつも自信をくれる。


ニコニコしてる私の指に
仁王の指が絡められて

見つめられる視線は熱い。




「そういえば今日他校と練習試合があってのう」




ふと思い出したかのように仁王が口にしたのはそんな話題。

絡めた指はそのままに
私は首を傾げる。




『他校と試合なんて珍しいね』


「ああ、氷帝が練習試合を申し込んできたらしい」


『氷帝?あの跡部君もくるの?』


「そりゃ部長じゃからな」




跡部君と言えば、
他校でも人気ナンバー1で
友達が話していたのを
何度も聞いたことがあるくらいの有名な人だ。

はじめて本物の跡部君を見れることに少し興奮を覚えながら、顔をあげると。




『うわ…』




仁王がすっごく不機嫌なんですけど。

いつもの優しい目じゃなく、
冷たい目。

握られた手にも
少しだけ力が籠められる。




「名前ちゃんは跡部に会えて嬉しいみたいじゃのう?」


『全然!』


「さっきから顔が緩みっぱなしじゃ」


『そんなことないよ』




キリッと顔を引き締めると、
仁王の目が細まり一層と不機嫌になる。

私は仁王のそういう顔は見たくなくて、




『ごめんなさい』


「…何で謝るんじゃ?名前ちゃんは何か悪いことでもしたのかのう」


『跡部君にはしゃぎました。でも仁王のことがいちばん好きなの。それだけは信じて?』


「…はぁ」




ため息と一緒にポツリと、

やりすぎたかのう

なんて言葉が聞こえたと思ったら、

軽く引き寄せられ
いつの間にか仁王の腕の中におさまっていた。




「冗談じゃ、すまん」


『怒ってたのも全部ウソだったの?』


「名前が跡部に浮かれとるからイジワルしてやりたくなったんじゃ」


『本当に怒ってるのかと思って心配したんだから』


「名前が俺のこと好いとるのは知っとるからな、っと悪い。そろそろ行かんと部活に遅刻する」


『うん、後で試合見に行くから』


「ん。待っとる」




軽く仁王の唇がオデコに触れて、
お返しに仁王の頬に少しだけ触れてみた。


その手を左手で包みこまれ、
仁王は目を閉じている。

私の手の感触を確かめるように。




「名前」


『…うん』


「いってくる」


『いってらっしゃい』




名残惜しいのは私も同じ。

少しの時間なのに、
それでも離れたくないと思う。


こんなに私を贅沢にさせたのは仁王だ。


ドロドロに甘やかされて
いつからか私もそれに慣れている。


近くにいたい。

一秒も離れたくない。




『試合頑張ってね』


「次の休みどこに行きたいか考えときんしゃい」


『うん』




優しい優しい仁王。

最後にもう1回だけ頭を撫でられて、部室へと歩いていった。


後ろ姿が見えなくなると
私はすぐに携帯を取りだし、

言葉では言えなかったことを打ち始める。




大好きだよ。

ずっと傍にいてね。




送信ボタンを押す前にメッセージが届き、

先にそのメッセージを確認すると





“名前が他の奴に惚れても必ず奪い返す。
覚悟しんしゃい。”





『もう…』




ただの言葉遊びなのは分かってる。

それでも私は打っていた文を削除し、





“そうならないよう惚れさせておきんしゃい。”





なんて生意気な返事を返した。




いつもより多い
コートのまわりのオーディエンスに紛れた私の名前を


仁王が叫ぶまで、

あと1時間。



みんなの鋭い視線が集まっても

嬉しいと感じてしまう私は


逃れられないほど

仁王にハマっている。








おわり

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