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□doll
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鏡を見つめて、
口許に笑みを浮かべた。

少し跳ねた髪を整えて、
甘い香水をつける。


私は

貴方に愛される「私」になれたのだろうか。




時計を見れば
約束の時間まで後10分。


少し早めに教室に向かうと

ずっと会いたかったあの人と、

会いたくなかったあの子の姿。


反射的に隠れると、
聞きたくないのに二人の会話が自然と耳に入ってくる。






「なあ、今日デートの約束してたやろ?」


「ごめんね、蔵。友達にどうしてもって言われちゃって」


「友達大事にするのもええけど彼氏も大事にしてや」


「だって蔵は許してくれるでしょ?」


「…ほんまズルイ奴」




そっと教室の中を覗き込めば、

彼は彼女を優しく抱き締め、
彼女はそれに応えるよう瞳を閉じている。


やがてふたりは離れ、
彼女は私のいるドアの方へと歩き出した。


まずいと思っても、
今更隠れる場所なんてどこにもない。


足音はだんだんと近付き、
彼女が教室を出た瞬間。




「あ」




彼女は私に気付き小さな声をあげた。


サラサラな髪に甘い匂い。

彼女は私を見つめると
少し悲しそうな顔をして。

何事もなかったかのように、
その場から立ち去ってしまった。


まるで私なんか

いなかったみたいに。








「…なぁ名字、見とったんやろ」


『え』




さっきまでの優しい声とは違う白石君の素の声。

おずおずとドアから姿を見せれば、あからさまに元気がなさそうだった。




「アイツ、いっつも俺やなくて友達選ぶねん」


『…うん』


「俺だって一緒におりたいっちゅうのに」




苛立ちを露に、
白石君は大きなため息をつく。


彼女はいつも彼を不安にさせて、

いつも彼を傷つける。


私ならそんな顔させないのに。

私なら絶対に。




「なあ、名字」


『…なに?』


「おいで?」




妖しく笑い、
私へと手を伸ばす彼。


私なら、彼の手を掴まずにはいられない。


引き寄せられるように手が触れると私を引き寄せ抱き締めて、

白石君は少しだけ満足そうに笑ってる。






「―――」




でも彼が呼ぶのは私ではない。

彼女の名前。


必死に探した彼女と同じ香水も、髪型も、話し方も、声音も、

全部全部この瞬間の為だけど。




「―――」




何度も何度も、

うわ言のように彼は彼女の名前を呼び続ける。


異常なまでに彼女を愛する彼は、
自分と同じだけ返ってこない愛に不満を抱いていた。


それは私にとってとても辛い。

それでも私は信じていたから。






『…白石君』


「ん?どないした?」




この優しい声を。




『…一度だけでいいから、名前を呼んでほしい』


「何度でも呼んだるよ」






―――。






彼が呼ぶのは私の名前じゃない。


私は、私の名前は…




『白石君、私の名前は名前だよ…』




涙を堪えて必死に紡いだ言葉。

白石君の身体が静かに離れていって、
私を見下ろす目は冷たく、痛かった。




「やめろや」


『しらいし、くん…』


「お前じゃアイツの代わりにはなれへん。お前はただの」
『聞きたくない!』


「…面倒な奴」




それだけ言うと、
白石君は私の横をすり抜けていった。


振り返りもしない背中にすがってみても、

望みなんてきっとない。


それでも、
叫ばずにはいられない。




『白石君、聞いて!』


「………」




白石君は背中を向けたまま、立ち止まる。

その背中に向かって、
私は自分の想いを精一杯叫んだ。




好き。
愛してる。
離れたくない。
傍にいたい。

傍にいさせてと。






「なあ、名字」




白石君は振り向き、

彼女に見せるような優しい笑みで。






「さよなら。もう関わらんといて」






泣き崩れる私に、
白石君は立ち止まっても、
振り向いてもくれない。


偽りの幸せでもよかったの。

無くしてしまった今、
思うのはそればかり。




彼女と同じ甘い匂い。
髪型。声音。

私とあの子、何が違うの?




私は彼女になりたかった。


彼女がいなくなったら、
貴方は私を見てくれる?




彼女がいなくなった真っ暗な世界。


深く淀んだ意識の中で、

貴方は優しい声で名前を呼ぶの。






「―――」






私じゃない、

あの子の名前を。




永遠に呼ばれることのない名前を

私はずっと待ち続ける。




終わりのないこの気持ちに

いつか救いはあるのでしょうか。








おわり

20140223

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