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□やきもちなの
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甘いお菓子においしい紅茶。

マネージャーの仕事は楽しいし、
今日も蓮二は格好良い。


幸村の命令を片付けて、
ベンチでクッキーを食べながら
休憩する時間がしあわせ。


私が休憩をとっていると、
必ず幸村が隣に座って
明日の練習メニューを考えるのにも慣れてきた。






『蓮二格好いいなぁ』


「昨日も聞いたし一昨日も聞いたよ。毎日よく飽きずに同じことが言えるね」


『蓮二への気持ちに飽きなんてこないの。毎日蓮二への気持ちが大きく…痛たたっ!』


「うるさい。集中できないだろ」




相変わらず幸村が頬っぺたをつねってくると痛くて涙が出そうになる。

でも私は、
少しでも蓮二の役に立ちたくてマネージャーにならせてもらったから


『ごめんなさい、静かにします』


ワガママは言えない。
…ただし部活中だけ。


少し頬を膨らませたまま
また蓮二の試合を見つめていると
フェンス越しの女の子達から一際大きな歓声があがった。

それは蓮二が点を決めたからであって、
嬉しいはずなのに何だか胸の中がザワザワして。

口に入れかけたクッキーが手からポロッと落ちていった。






「名前、クッキー落ちてるけど。ちゃんと片付けなよ」


『幸村』


「なに?俺は拾わないよ」


『違う。蓮二が女の子達に騒がれてるの…ねえ、幸村!』


「今に始まったことじゃないだろ」


『痛っ!』




目の奥で星が飛び散り、
すぐにオデコに痛みがやってきた。

やっぱり幸村のデコピンは痛すぎる。


でも、それより。


私は落としたクッキーを拾いながら女の子達を見る。

その中には2年で一番人気の女の子までいた。


あの子は幸村のファンだったはずなのに、
どうして蓮二を見てるんだろう。


いやだ、手が震える。

あんな子が蓮二を好きになっちゃったら、
蓮二だってあの子を好きになっちゃうかもしれない。

やだ、そんなの。






「おい、泣き虫」


『へ?』




振り向いた幸村はいつも通りムスッとしたまま、私の顔にタオルを投げてきた。




『な、何で?』


「いいから顔拭きなよ」




あれ?

地面に一粒の水滴が落ちてきて、
はじめて涙が出てたんだって分かった。




「タオルそれしかないんだからあまり濡らすなよ」


『…うん』




ずっと好きだった蓮二の彼女になれてしあわせなはずなのに。




『…ありがと、幸村』




付き合うってしあわせなことばかりじゃないんだ。








*








「精市と何かあったのか?」


『何もないけど…』




あの後私は、
幸村のきつい言葉で強制的に涙をおさめることができた。


蓮二のことで泣いたなんて言えるはずもなく誤魔化すと、
蓮二は何故か眉根を寄せて私から視線を反らした。


部活の帰り道が
一日の中で蓮二と二人でいれる貴重な時間なのに。


一瞬にして気まずい空気が流れて
私は次の言葉を探す。




『どうしてそんなこと聞くの?』


「…いや、何でもないんだ」


『何でもなくなさそうだけど…』




いつもなら視線を合わせてくれないことなんてない。

歩幅を合わせてくれないこともない。

避けるように少し早くなった蓮二の歩調は女の子達への不安と重なり、

いつの間にか私の歩みは止まっていた。


次にまた冷たい態度をとられたらきっと泣いてしまう。

困らせたくない。






『ごめん、忘れ物しちゃったから一旦学校戻るね』




返事は聞かない。

背中を向けてそれだけを言う。


でも。




『ど、どうしたの?』




走るより先に蓮二に腕を捕まれてしまって足が動かせない。




「…精市か?」


『違う…忘れ物だよ』


「本当にそうなら何故俺を見ない?」


『それは…』




泣いてしまいそうだなんて言えない。

嫉妬なんて見せたくない。
したくない。




「…名前。正直に答えてくれ」


『な、なに?』




いつになく深刻な声。






「名前は…


本当に俺でいいのか?」


『…え?』






今、蓮二は何て言ったの?

これじゃあまるで、
私より蓮二の方が不安みたいじゃない。





『私は』





私の答えなんて決まってる。





『蓮二がいい』





蓮二しかいないに決まってるじゃない。

ずっと、ずーっと蓮二だけが大好きだったんだから。





『何で今更当たり前なこと聞くの』





蓮二の前では泣きたくなかったのに、

困らせたくなかったのに、

引き寄せられた蓮二の体の感触に涙が溢れてきた。




「名前は精市の前では素直に泣けるだろう。俺だって不安になりもする」


『わ、私だって!蓮二が女の子に騒がれるたび不安になる』


「ああ」


『でも、蓮二が悪いわけじゃないのも分かってる』




蓮二は何も答えなかった。

いつも私ばかり蓮二を困らせるのも嫌。


それでも

離れたくないの。




「すまなかった。不安にさせて」


『違うの!悪いのは私で』




私が子供だから、
蓮二を困らせることばかり言ってしまうから。




『だけど蓮二が好きなの』


「俺もだ。名前以外の女性を考えたこともない。だから信じてほしい」


『………』


「俺が嘘をつかないことを知っているだろ?」




知ってる。
誰より解ってるよ。




『蓮二も私を信じて。私には蓮二だけなの』




引き寄せられた身体はきつく抱き締められて

それが息ができなくなるほど嬉しくて。

今まであった不安が飛んでいっちゃうなんて私は本当に単純だ。




「ひとつだけ欲を言わせてもらえるなら、俺以外の男の前では泣かないでくれ」


『それは蓮二を困らせたくないからで…』


「精市の前で泣く名前の姿は…かなりきつい」


『…ヤキモチなの?』


「それ以外ないだろう」




見上げた蓮二の顔は
少しだけ赤くて気まずそう。




そんな蓮二がくれた

2度目のキスは


甘くてちょっと胸が苦しくなるような




大人なキスだった。






おわり。

20140316

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