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□いふわり
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「泣きたくなったらいつでも俺のところにおいで」




そう言ってくれたのは
仲良くなりはじめた頃の優しかった幸村だった。


私にはずっと好きだった人がいて
世界がその人を中心にまわっていたけれど、
いつの間にか彼には彼女ができていた。

私とはまるで正反対の女の子。

もう彼と同じ時間を過ごせるのは
私じゃないと思うと
世界が終わってしまったかのように思えて。






『幸村、泣いてもいいですか?』


「駄目に決まってるだろ。もう3ヶ月も経ってるんだし少しは切り替えれば?」




部誌でペシンと軽く頭を叩かれ、
私は部室のテーブルへと顔を伏せる。

少しでも蓮二の役に立ちたくて
テニス部のマネージャーにさせてもらったのに
今ではもう顔を見るのも辛い。

こんな状況でも幸村は
毎日毎日私を部活へ連れていくし、
部活の最後には幸村とふたりで1日の練習内容もまとめて。

これじゃ忘れたくても
忘れられるはずなんてない。






『ねぇ、何で私じゃないのかな』


「子供だからだよ。それに名前はもう柳に好きだって言わなくなってただろ?」


『それはそうだけど…』


「柳も好きだったと思うよ。名前のこと」


『………』




幸村は本当にいじわるだ。
もう過去には戻れないのに。

いつ蓮二が私を好きだったのかなんて
今ではもう聞けるはずがない。


蓮二の優しい手。笑った顔。
好きだった。

大好きだった。
他に何もいらないくらい。






「名前?泣くなって言ったよね?」


『泣いてもいいって言ったのに』


「言ってないよ」


『言いました!』




幸村はあの時のことはもう覚えてないんだ。

それがほんの少し悲しくて
買ったばかりの幸村のペットボトルの蓋を開けて
一気に半分ほど喉へ流し込んだ。




「やったね?」


『だって幸村が』


「俺が?」


『…忘れちゃったから』


「………」




俯けば自分の幼さに自分で呆れてしまう。

するとすぐに幸村の深いため息が聞こえてきて
やっぱり涙が出そうになった。


だから私はダメだったんだ。

すぐに泣くし、困らせるし、
私がこんなだから蓮二に彼女ができちゃったんだ。




『ごめんなさい』


「…俺さ」


『…はい』


「名前の泣きそうな顔が一番嫌いなんだ」


『………』


「だから、






おいで?」






幸村の目は優しくて、
あの時と同じ顔。

私だけを見て、
自分からは歩み寄らずに
私が来るのをじっと待っていてくれる。

ゆっくりと近付いて幸村の前に立つと、
私の顔は幸村の胸元へと押し付けられた。




『…忘れてなんかなかったじゃん』


「今思い出したんだ」


『うそつき』




蓮二とは違う手。匂い。

悲しかっただけの心が少しずつ楽になる。

頭を撫でられているだけなのに、
気持ちがとても落ち着いてくる。






『幸村』


「なに?」


『ごめんね』


「どうして謝るんだい?」


『今の私は弱いから幸村に甘え続けちゃうかもしれない』




きっと顔をあげたら幸村はいつもの幸村になる。

でも私は、
いつもの私ではいられないかもしれない。

辛いことから目を背けて
この優しさに浸ってしまいそうで。


だから顔はあげずに離れようとしたけれど、
背中にまわされた幸村の手がそれを許さなかった。




『ゆ、幸村』


「なに?」


『もう大丈夫だから』


「名前はいつもずるいんだよ。俺は柳の代わりでもいいって思ってるからこうしてるんだ」


『………え?』




驚いて顔をあげようとしたけれど、
右手で頭を押さえつけられて顔はあげられなかった。


幸村は分かってる?
今の言葉って、それって




『私のことがすごく好きみたい…』


「そう聞こえた?」


『…聞こえた』


「それならそういうことでいいよ」


『…なにそれ』




思わず笑ってしまうと、
抱き締められていた腕の力が緩んだ。

その隙をついて盗み見た幸村は
泣きそうな顔をしている。


私だって幸村のそんな顔は見たくない。

出会って、友達になって、
たくさん話して、いじわるされて、
私の傍にはいつも幸村がいたのに。

大切なのに。




『ありがとね』




言えば幸村は目を見開いて私を強く見つめた後、
眉根を寄せながら睨みつけてきた。

いつもは怖いだけのその顔が
今は全く怖くない。

その意味にやっと気付けたから。




「お前ほどの柳バカはいないよ」


『うん』





「でも、待っててよかった」





じわじわと込み上げる感情に
鼻の奥がツンと痛くなる。

いつも蓮二のことで相談にも乗ってくれてたし、
いじわるをされながらも助けてくれてた。

幸村の気持ちを考えると
罪悪感と感謝が生まれてくる。


その気持ちが伝わったのか、
幸村の眉間のシワがますます深くなるから

私は精一杯の笑顔を作った。





『待たせてごめんね』





「もう待つことには慣れたよ。1年でも2年でも何年でも待つから


そろそろ俺のことも見てほしい」








おわり。

20140628

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