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□たいせつ
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『蓮二ー』


「………」


『ねえ、蓮二ってばー』


「………」


『れ ん じー』


「…何度も呼ばなくとも聞こえている」




半ば諦めに似た感情で立ち止まり振り返れば

後ろを歩いていた名前が
笑顔を浮かべながら俺の隣に並んだ。




『やっと返事してくれた』


「すまない。考え事をしていたんだ」


『そうなんだ』






名前とは縁あって
幼い頃から知っているが、
昔から俺の傍を離れることはない。

それは年を重ねた今も変わることなく、
名前は俺の後ろを歩き、
名前を呼び続ける。


俺は女性を楽しませることができる人間ではないし、

ましてや自分とは正反対の名前が
今でも俺を好いていてくれる理由など分からない。


それでも、

俺の傍にいる時の名前は
いつも微笑んでいる。






「何か用事だろうか」


『ううん。ただ一緒にいたかっただけ』


「そうか」


『うん!』




ただ頷いて肯定してやると、
名前はいつも俺の袖口を少しだけ掴んだ。

そしてそのまま隣を歩くという
不自然な光景にも慣れている。


いつも自分の感情を伝えてくる彼女に
幾度となく驚かされたが
それを本気にしたことは一度もない。

名前の感情は恋愛ではなく、
兄弟へ向けるような愛情だということが分かっていたから。

影響されやすい彼女は
恋人ができた友人にでも感化されているのだろう。




『蓮二、私を蓮二の彼女にして』


「すまないが今はテニスに集中したい」


『それはもう何度も聞いたよ』


「まだ13回だ」


『もう13回』


「名前」




頭を軽く撫でてやれば、
俺を見上げて名前はすぐに黙った。

期待している言葉は分かっていたが
俺がそれを紡ぐことはない。




「名前がもう少し大人になってからな」




『いつもそればっかり。大人っていつ?何歳になったら大人なの?』


「そんなことを言っているうちは大人ではないな」


『…そうですか』




名前が俯いて長い沈黙が続く。

話し出すまで待ってやらないと
きっと泣き出すだろう。


誰よりも名前のことを解っているから

これだけは肯定してやるわけにはいかなかった。




『…蓮二は私のことが好きじゃないの?』


「大切に思っている」


『それは女の子として?』


「どうだろうな」


『またそうやって』
「だが、誰よりもそう思っている」




誰よりも大切に思っているからこそ、

名前が本当の意味で
好きだという気持ちが解るまでは
この気持ちを受け入れはしない。

いつか他の男に奪われようと
それが彼女の選択なら
見守り続けると決めている。




『…大切に思ってくれてるなら、今はそれで許してあげる』


「すまないな」


『でもひとつだけお願い。私以外は名前で呼ばないで』


「分かった」


『それに私以外に触っちゃやだ』


「ああ」


『それにそれに』


「ひとつではなかったのか?」


『いいの!これで最後。


私以外の大切な人はまだ作らないで』




懇願するような目で見られれば、
頷かずにはいられない。

俺は相変わらず
名前の願い事には弱い。




「分かった。約束する」


『うん』




絡めとられた小指が
名前の小指に触れて

本当はどうしようもない位
彼女が愛しい。


叶うなら、
変わらず俺だけを見ていてほしい。

この想いを打ち明けてしまっても、
きっと名前は傍にいてくれるだろう。


だが、俺の気持ち以上に
彼女が大切だから

絡めていた小指をゆっくりと離した。






『蓮二が好き』


「名前」




懲りない彼女を戒めるよう名前を呼べば、

さっきとは違う満面の笑み。






『大人になるまで待ってて。その時も絶対に蓮二が好きだから』






言葉にすることができない気持ちを掌にこめて

彼女の頭を撫でてやる。


嬉しそうに笑う名前を見て、
俺はまた思うんだ。




名前だけが

何よりも大切だ。


どんな未来になろうと

傍にいてほしいと。








おわり。

20140912

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