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□tactics
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それはまるで
スローモーションのように。

階段から踏み外してしまったことに
気付いた時にはもう遅くて

受け身も取れないまま
身体は地面へと落ちていく。


怖くて声も出せなくて、
諦めて目を閉じる寸前に




「名前!」




私の前へと飛び出すユウジが一瞬見えて、

強い衝撃と共に

私を受け止めてくれたユウジの身体へと
ぶつかるように落ちていった。




『…………え?』




そして身体への痛みより前に
唇へと感じた違和感。

まさかと思い、
恐る恐るユウジを見上げれば、

やはり口元を抑えて目を見開く
ユウジの姿が見えてしまった。






『な、何で私のファーストキスがユウジなの!はじめてのキスは旦那さんになる人って決めてたのに!』


「名前、お前俺の嫁になる言うてたやないか!浮気か!」


『それは幼稚園の頃の話でしょ!』




あのキスは誰にも気付かれないまま
私達は保健室へと運ばれた。

幸い、保健の先生は席を外していなかったけど
事故でも
ファーストキスを奪われてしまった悲しみは
涙となって溢れてくる。




「幼稚園だろうと約束は約束じゃ!ボケッ!」


『そんなの嫌ぁぁ』


「何が嫌か言うてみ」


『ユウジが嫌!』


「ふざけんな!」




ペシリとオデコを叩かれて
また涙が溢れてくる。


確かに私の初恋はユウジだった。

でも、それはあくまでも幼稚園の頃の話。

今のユウジは小春ちゃんにベッタリだし
私も私でそれなりに片想いはしてきた。

それでも私達は
つかず離れずの距離を保ってきたから

ユウジは小さい頃からの延長線で
私を傍に置いておきたいだけだと思う。




「俺のどこが嫌か言うてみろや」


『その怖い話し方が嫌…』


「直したるわ。次!」


『優しくないところが嫌!』


「アホ!俺が名前に優しくしたら気持ち悪いやろ」


『気持ち悪くなんかない!すっごく嬉しい』




優しいユウジを想像したら、
思ってた以上に笑顔になってしまって、

見つめあっていた視線は
赤くなったユウジによって外されてしまった。




『な、何で目反らしてるの…』


「うっさいわ!珍しく可愛いから驚いただけや!」


『や、やめてよ!そういうこと言うの』


「へえ、照れてんの?」


『やめてってば!』




耳まで熱くなった顔を両手で覆って
体温を下げる。


私はどうして
この恋を諦めたんだっけ?


薄れていた記憶が蘇りそうで
頭をふって余計な思考は遮った。






「せやかて、名前は俺のこと好きやろ?」


『…何言ってるの?』




一気に鼓動が早くなって、
心臓の音が身体の中を通って耳にまで響いてくる。

そういう感情は
私達の間にはいらないじゃない。

そうやって私達はうまくやってきたんだし。

私もユウジも色んな人に片想いをしてきた。

それでいいでしょ?




『そんなわけないよ。そもそもユウジは小春ちゃんベッタリだし』


「まあ、小春は可愛いしな」


『そ、そうでしょ?だから私はユウジのこと』




好きじゃない。


その一言が言えなかった。

私を見つめるユウジの表情が
だんだんと不機嫌になっていくから。

今まで何度も好きじゃないって言ったけど、
笑うだけで怒ったりはしなかったのに。




『とにかく、ユウジには小春ちゃんがいるんだから私のことなんてどうでもいいじゃない!』


「なぁ」


『何?!』


「お前小春に妬いてたんやろ?」


『な、何でそうなるの!』


「さっきから小春ばっかやん」


『ち、違う』




やだ。ここにいたくない。

今まで意地だけで塗り固めていた気持ちが
だんだんと剥がされていく。


見たくない
自分の本音なんて。

傷つきたくないの
悲しい思いはしたくない。




『今日のユウジ変だよ』


「変なのは名前やろ?」




すぐにでもこの場を立ち去りたくて
立ち上がっても、
腕を掴まれて離れられない。

顔を反らしても、
両手で顔を固定されて見ざるをえない。


だから目を閉じて、
何も見えないようにした。

見たくない。知られたくない。


本当はユウジのことが好きだった。


でもユウジの視線の先にはいつも違う人がいて
私のことなんていつも置いてきぼり。

今まで隣にいたのは私なのに
私のことを見てくれなかったのは

ユウジじゃない。




「名前、もうちょい目閉じとき」




言葉を返すより先に
今日二度目のキス。

信じられないという気持ちで
目を開けば、


「旦那になるんやから問題ないやろ?」


なんて笑う、いつものユウジ。


何でいつもこうなの。

決心して離れようとしても
ユウジは絶対に離してくれない。

好きなんて言ってくれないくせに、
私の気持ちだけは持っていようとする。




『ユウジの奥さんになんかなりません!』


「約束したやろ?」


『してない!バカ!』




ユウジの手を振り切って走り出した
私の顔はきっと赤いに違いない。

気が遠くなるほど昔の約束を
まだ覚えていた私もどうかしてる。




でも、いつか

ユウジが好きって言葉をくれたら
時効になった約束も考えてあげるから。


早く私を素直にしてくれる言葉をちょうだい。


すき、ってたった二文字だから。








おわり

20141104

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