main

□ゆめのゆめ
1ページ/1ページ





そのヒトを見た瞬間、

ドクンと心臓が大きく高鳴って
いつまでも止まないその音に
気持ちまでもが高ぶった。

小さな携帯の画面に写る彼は
まさしく私好みのキャラクター。

恋に似たこの感情を
誰にも言えるわけがない。

だって私には大切な人がいて
大切にしてくれる人がいる。

何だか裏切っているような気もして
罪悪感がないわけでもない。






「名前、お前さん最近ずっと携帯いじっとるな」


『え…』




不意に掛けられた言葉に
今も向き合っていた
携帯の中の彼をすぐに消して、
勢いよく顔を上げた。

するとそこには
私のリアルな彼氏が目の前に立っていて
怪訝そうな顔で私を見つめている。




『ご、ごめん。気付かなかった…』




心なしか視線は
私の携帯を気にしている気がして

気まずさでヘラヘラとした笑みが浮かんでしまう。


仁王には絶対に気付いてほしくない。


私が、

携帯ゲームのキャラクターに
ときめいているなんて!


朝は少しでもゲームを進める為に早く起き
夜は限界まで起きて携帯と向き合う。

その努力の甲斐あって
冷たかったゲームの中の彼は
今では驚くほど優しくなっている。

ゲームを進めるたびに
私の胸がぎゅっと苦しくなることを
仁王は知るわけもない。


気付かれないよう
そっと携帯をポケットにしまおうとしたら
仁王の目が私のその手を追っているのが見えてしまった。




「…何か隠しとる?」


『え?何も!』


「怪しいのう」


『そ、そんなことないよ!』


「まあ、浮気は疑ってないなら安心しんしゃい」


『ひっ』


「え?」




しまった。

浮気という言葉に過剰に反応してしまった。

私の予想外の反応に
初めて見るような仁王の表情。

驚いて、でも
必死に現状を理解しようとしている、そんな感じ。




「…名前、本当に?」


『違う!誤解だよ!』


「…そうか」




ちくり。
仁王の口端だけをあげる笑みに罪悪感。

こんな風に隠し事して
仁王に嫌な思いさせて
私、彼女としてだめだなあ。


ポケットを漁れば
使いすぎて熱を持った携帯がある。

尋常じゃない気まずさの中
私は携帯を取りだし、例の画面を開いた。




『こ、これ…』


「何じゃ?」




恐る恐る差し出した携帯を仁王が覗き込めば
そこには決めポーズのキャラクター。

一瞬仁王が固まったような気がしたけど
見なかったことにしよう。




『えーっと、恋愛ゲーム?女の子向けの。最近ほんの少しだけハマってて。うん、ほんの少しね』


「…へえ。見てもいいかのう?」


『う、うん』




仁王に携帯を渡してからというもの
時間がやけに長く感じる。

私の好きなキャラクターのストーリーを
どうやら真剣に読み進めているようで終始無言。

話し掛けても
聞いているのか、聞いていないのかも
分からないような曖昧な返事。




「…名前はこういう男が好きなんじゃな」


『いや、それは、その』




ちなみに私の好きなキャラクターは
気まぐれでどこか掴めない男の子。

何となく仁王に似てるから
ハマってしまったのだけど
本人は気付いてないんだろう。

もちろんこれも言えるはずがないけど。




「…お前、何でいつも俺につきまとうんだ?」


『え?こ、声に出して読まないで!』


「まあ、来たければ勝手にすればいい。別にお前なら嫌じゃないから」


『きゃーーーー!!やめてーーー!!』


「…名前」




恥ずかしさで涙目になっていると
ポンと肩を叩かれ
何か残念なものを見るような顔をされているような。




「コイツ、素直じゃないのう」


『そ、そうだね』


「お前さんが来てくれて嬉しいくせに」


『え?いや、それ私じゃないから!』




そうか、と携帯は返されて
仁王は置いていた鞄を手に取った。




「そろそろ帰るか」


『う、うん』


「ほら」




差し出された手に疑問が浮かぶ。

ここは教室で、
まわりには多少なりとも人はいて。

こんなところで手を繋ぐなんて
恥ずかしくてできるわけがない。




『仁王、ここ教室だから!学校を出てからに』
「コイツは教室でもお構い無しにお前さんを口説いてたからな」


『それはゲームの中の話で』


「名前に触れてないとだめなんじゃ」


『………え?』


「なぁ、いつも傍にいてくれ」


『いや、』




もう一度強調するように
手が差し出しだされる。

思わずまわりを見回せば
何人かの視線は私達に集まっていた。




『仁王、お願いだから』




やめてと小声で伝えてみても
やめる気はないらしい。




「俺は名前とのことなら見られて困ることは何もないんじゃが」


『仁王…』




恥ずかしくて泣きそうだよ。

こんな時なのに、
仁王とゲームの彼が重なって見えるし




『って、これって』


「………」




俯いて笑いを堪えてる仁王。

確かにデレたゲームの中の彼は
いつでも好意を口にするようになっていたっけ。




「たまにはサービスせんとな」


『もう、やめてよ!』




笑っている仁王に
一気に力が抜けてしまった。

これが彼氏をおろそかにして
ゲームにハマっていた罰ならば重すぎる…!




「さて、本当にそろそろ帰るか」


『うん』


「あ」




急に立ち止まった仁王に
思いきりぶつかり身体がよろける。

一歩後退る手前で
私の腕はしっかりと仁王に支えられていた。




「よそ見しなさんな。携帯の中の奴じゃ名前を助けてやれんじゃろ?」


『仁王、もしかして妬いてたの?』


「まあ、ゲームの中でも俺の彼女を取られるのは」




そう言いかけて、
ハッとしたように仁王は口を閉じ、
私から目線を外した。




「…こんな俺はだめかのう?」


『もちろん!大好きだよ!』








おわり。

20160915

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ