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□不器用彼女
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俺は


この人が苦手だ。



*不器用彼女*




「もー。
ほんと酷いと思うよね!
ねぇ、そう思うでしょ!日吉もさ!」


俺の1歩前を歩く名前先輩は、拳を握りしめながら怒りを顕にしていた。

そして、同意を求めるようにこちらを向くからつい目線を逸らしてしまう。



「なら、来なきゃよかったんじゃないですか」


「だって、私が行かないと日吉の罰ゲームがさらに酷いものになるかもじゃない!」



そう、これは罰ゲーム。


単純なゲームに負けて、テニス部のマネージャーである名前先輩とデートしてこいと、跡部部長に命令された。


当の本人は、自分とのデートが罰ゲームに値することに、さっきからこの調子で怒っている。



「別に誰が見てるわけでもないんですから、適当に嘘付けばいいでしょう」

「甘いね、日吉は。
そんなもんで許すわけないじゃない」


後ろを指さす先輩の指先に視線を向ければ、見慣れたメンツが隠れもせずに、嫌な笑いを浮かべていた。


「なっ…!」

「日吉のそういう反応見たいがために、こんな罰ゲームにしたんだから、リアルで見てないわけないじゃん」


ヤレヤレと首を振る先輩に、俺は言葉に詰まる。

まさか見られてるなんて……。



「だから、とりあえず手でも繋いどく?」

「は……?」


またも思考が止まる。


とりあえずってなんだよ。

なんでそんな簡単に手差し出してきてんだよ。



だんだんと苛立ちが湧いてきて


「名前先輩って、意外に緩いんですね」


考えるよりも前に言葉が出ていた。


なのに

「甘いなー、日吉は。
私は、日吉が相手だからそう思うんだよ!」


ニッコリ笑って、差し出した手を引っ込めることもない先輩に

また負けたと思った。



いつもそうだ。

しっかり者で、付け入る隙もなくて

いつも俺を子供扱いして

俺には決してリードさせてくれない。


そう

俺の気持ちも知らないで。


「あ、でも日吉が嫌なら腕組むぐらいにしとく?」



……ほんと、わかってねぇな。



「ひよ……っ!?」


先輩が差し出した手を繋ぎそのまま引き寄せて唇を塞ぐ。


これ以上子供扱いされないように

これ以上アンタに主導権を握らせないように



「俺は名前先輩が思ってるより、アンタが相手ならもっといろんなことしたいって思ってるんで」


「う、嘘……」

「好きな女に嘘なんてつきませんよ」

アワアワと小刻みに震えつつ、自分の唇を触り顔を真っ赤にしながらも、俺に悪態をついてくるから

即答してやったら

「だって、日吉が好きなタイプ私と真逆な清楚な人じゃん!」


目に薄ら涙を浮かべながらそんなことを言うから

どんな気持ちで今日来たのか

どんな想いで俺に手を差し出したのか

そんなことを考えたら


愛しさが増して思わず吹き出してしまった。


「日吉!
笑う場面じゃないよ!」

「すいません。
アンタ本当に可愛いなって思って」

「なっ!?
年上をからかうもんじゃ……ん!」


後頭部に手を回して引き寄せて、煩い口をまた塞ぐ。


年上だからって関係ねぇよ。



「俺は名前先輩だから、好きなんですよ。
アンタのそのまんまが好きなんです」


「日吉……っ」


「泣かないでくださいよ。
俺優しい言葉とか言えないですからね」






俺はこの人が苦手だった。


まるで俺を相手にしてないような素振りを見せていたから。

追いつけない存在だと言われているようで嫌だった。



だけど本当は先輩も一生懸命だったんだってわかったらどうでもよくなって


ただ目の前のこの人を


愛しい不器用な彼女を



思いきり抱きしめたくなったんだ。









fin*

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