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□Twine
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明日は休みだから
珍しく電車に乗って少し遠出した帰り道。

一緒に来ていた友達は
彼氏の呼び出しで先に帰っちゃって

ひとりで電車を待つ、
この時間はなんだかなぁ。


妙な虚しさを感じながら
電光掲示板を見上げると

電車の到着はもうすぐ。




「名字さん?」


『…?』




遠くから呼ばれたこの声に振り返らず

もしこの時

この電車に乗っていたら。




「やっぱり名字さんやんか」


『…白石?』




今でも、そう考えることがあるんだ。








「珍しいところで会うたな」


『本当だね』




あれから私は電車を一本見逃して
白石と同じ電車に乗ることにした。

今の時間は帰宅ラッシュと重なっていて
電車の中は潰されてしまいそうなほどの人。


運よく開閉するドアの逆側の隅を
確保できたのはいいけど、

ドアを背に
荷物を抱き締めるように持つ私の目の前には

私が潰されないようドアに右手をついて
うっすらと汗を浮かべる白石がいる。




『大丈夫?』


「何とかな」


『あ、ありがと』


「ええよ。気にせんといて」




白石とは謙也を通して知り合った友達で
いつも3人でいるほど仲は良い。

だけどそれは
謙也がいてこそ成り立っている自覚はあるから
正直今の状況は少し気まずい。

いつものような他愛ない会話は浮かばず俯いて
会話になりそうもない話題が
頭の中をぐるぐるとまわっている。




「あー名字さんは今日は買い物?」


『う、うん!白石は?』


「俺も。せやけどツレが彼女と会う言うて帰ってしもうて」


『私の友達もそう!』




勢いよく顔を上げると
思っていた以上に近くにある
白石の顔に驚いた。

反射的にビクリと体が反応すると
白石は口の端を小しだけ上げて笑ってる。




「今日は偶然が重なる日やな」


『本当に、そうだね』




何だか私だけが気にしてるみたい。

白石はいつもと変わらないし
そんなに気にする必要はなかったのかもしれない。

ホッとするのも束の間、
白石が後ろをちらりと見ると顔をしかめた。




「まずい」


『え?どうしたの?』


「名字さん、ごめん」


『あっ』




白石が謝ると同時に反対側のドアが開き
電車を降りる人以上に乗る人が多い。

押し潰されないよう守ってくれてるけど
その右手は辛そうだった。




『本当に大丈夫?』


「…ん、もう少しだけ近う寄っていい?」


『うん、大丈夫』




もう一度だけごめんって声が聞こえて
気付けば白石の顔が私の顔のすぐ横にある。

私ひとり分のスペースの確保はできているけど
白石の身体はぎゅっと私の方へ
押されている。




『ち、ちょっと近くない?』


「無理言わんといて。これ以上は無理やて」




左耳から
白石の声がすぐ近くに聞こえる。

右手だけで私を守るよう支えられていた手は
いつの間にか左手も
私の顔のすぐ右側にある。


まるで閉じ込められているような体勢に
さっきまで落ち着いていた心が
また煩くなってきていた。




「こんなん誰かに見られたら大変やな。…特に謙也?」


『な、何言ってるの?』


「名字さんが謙也好きなのとっくにバレとるよ」


『別に謙也のこと、好きなわけじゃないから』




謙也は内向的な私を助けてくれた
大切な友達であることは間違いない。

だけど好きかと聞かれたら
正直言うと、まだ分からない。

だって誰かを好きになったことない私に
誰かを好きだって気持ちなんて
分かるはずないから。




「それなら俺にもチャンスある?」




耳元で囁かれる声は小さいけど

喧騒に紛れながらも
しっかりと私の耳に届いた。


顔を上げることはできない。


白石の肩に
今にも鼻が触れてしまいそうなほど
距離は近いから。




『ち、チャンスって…』


「こないなところで言うのズルいけど」


『何が、ズルいの?』


「顔、見えへんやろ」


『み、見えない。だからやめて、言わなくていい』


「へえ」




喉から絞り出すような笑い声。

少しだけ首を動かして睨み付けると
視線だけがぶつかった。




「名字さんが好きや」




『な、』




何となく嫌な予感はしてた。


この言葉で

私達は戻れなくなってしまうことに
白石は気付いているんだろうか。




『…私の、どこがいいの?』


声が震える。




「不器用なとこ」


『ほ、褒められてない』


「好きに理由は必要?」


『だって今までそんな態度してなかったし』




謙也への態度より少し優しいくらいで
男友達のように扱われて
気付けるわけがない。

好きだなんて言われても
いつもの軽い冗談かと思えてしまう。




「名字さんはいっつも謙也のことばっか追っかけてたからなあ」


『それは…』




お願いだから早く駅について。

だんだんとさらけ出されていく気持ちに
負けてしまいそう。




「見ないフリもきついんやで?」


『………』


「せやけど、今ここにおるのは俺やから」




その声にぞくりとして
反射的に鞄をぎゅっと抱き締める。

いくら拒否をしてもまわってくるこの毒が
心に侵食しないように。




「名字さんが好き」


『………』


「答えてくれへんの?」


『……白石』


「…残念。着いたな」




その一言にホッとして

今すぐにでも
この場から逃げ出したくて。

人混みに紛れてドアに向かおうとしても

手首が捕まれて離れられない。






「あ、もうこんな時間か」




電車から降りて
おそるおそる見上げた白石は

何事もなかったかのように
いつもと同じ顔。




『よかった。冗談だったんだ…』




無意識に呟いた言葉にハッとして
恐る恐る顔を上げる。

この一言が、
何かを変えてしまうと解ってしまったから。




「冗談なんかにさせへんよ」




手首を捕まれていた手は
いつの間にか掌を握られている。


だめ、逃げなきゃ。

でも、逃げられない。




「名字さん、俺のこと見て?」




その言葉全てに驚いて目を見開くと
白石の目は三日月のように細められた。




「後悔はさせへんから」


『………』




私達のまわりだけ

時間が止まってしまったかのような
不思議な感覚。




もし、人混みに紛れて
この手を離せていたら。

あの時、この声に気付かなければ。




『…後悔なんてしたくないよ』




だって後悔をしても
もう何もかも遅いから。


私の発した一言がこれを招いたことも
ちゃんと分かってるから。


この手が握られたままなことを
この手を離さなかったことを

後悔はしない。したくない。




明日見る
好きだって気付けた人に

おめでとうって言われても

私は絶対に笑ってやるんだ。








おわり

20170514

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