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□おとぎ話
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いつか
王子様が迎えに来てくれるって信じてた。




*おとぎ話*




「名前の今日のおすすめの一冊は?」


私の憩いの場である

いや、憩いの場だった人がほとんどいない図書室で話しかけてくるのは幸村君。


少し前に探し物をしている彼に、利用者が来てくれたことが嬉しくて植物図鑑のおすすめをこれでもかってくらいプレゼンしてしまったら、その次の日から毎日来てくれるようになった。

最初は純粋に本に興味を持ってくれたことに感激していたのだけれど、なぜだかこんな調子で毎回私に話しかけてくる。


「この前教えてくれた詩集や小説も面白くて、一気に読み進めてしまったよ。」

「それはよかったです」


そう、よかったのだ。

よかったのだけれど、実は幸村君は苦手。
私とは真逆の場所にいるキラキラした人だから。

こんな風に、一緒にいるところを誰かに見られでもしたらと思うと、背筋が凍りそう。


「今回のお勧めはこれ…ですかね」

「ありがとう。
寝る前に読むのが、楽しみだな。」

おずおずと差し出すと、彼は中身も読まずににっこりと微笑んで、まるで絶対の信頼をおいているかのように何も聞かず尋ねずに借りて行ってくれる。


「じゃあ、お先に失礼するよ」

「あ、部活頑張ってください…!」

席を立つ彼につられて私までも立ち上がってしまい、思わず握り拳を掲げて応援の言葉を送ってしまった。


部活に行く前のたった数十分。

それだけでもまるで私の世界が色づいたみたいで、苦手なはずなのにうっかり口数が増えていってしまう。

毎日足音が近づいてくるたび、彼が来たんじゃないかと待ちわびている自分がいることもなんだか変な感じ。


「……幸村君は、ただたんに本を探しに来てくれてるだけなのに」

こんな時間が、ずっと続けばいいと欲張ってしまいそう。

図書委員の職権乱用だな、なんて自虐的にさえなる。


なのに

「あぁ、よかった。
今日は来ないのかと思ったよ。
大丈夫かい?」

掃除が長引いて慌てて走ってくれば優しく微笑む幸村君がすでにいて

それが夢のような光景で
どうしても願わずにはいられなくなる。


どうか、このまま誰にも見つかりませんように。と


「あ、ちょっと掃除が…」


『絶対そうだって!』
『本当に!?
今日もテニス部練習あるのに』
『図書室穴場だから、幸村君にお近づきになれるチャンスじゃん!!』


欲張ってしまった罰が当たったかのように、説明をする前に廊下から女子数人の声が聞こえて一気に現実に引き戻される。


どうしよう、とりあえず他人のふりをするべきか
いっそこのまま図書室から出てしまおうかと
思考がフル回転する中

「名前、こっち」


手を掴まれて連れて行かれたのは図書室の奥のスペースで

「ゆ、ゆきむらく」

「しっ。
少し我慢してくれ」


窓を背に立つ私と

そんな私の前に立ち人差し指を口前に立たせながら入口の方を気にする彼と

私たちを包み込む足元まであるカーテンに、声なんてそれ以上出せなかった。



女子たちは幸村君の姿が見えないことを嘆きながら、とくに散策をすることもなく戻っていったから時間にして3分も経っていないはずなのに

あまりの近さに体まで強張って緊張してしまう。


ドアが閉まる音を確認してから


「も、もう大丈夫そうだね」


顔も見ずに声をだし、この場から一刻も早く離れようと足を一歩踏み出したのに


「まだ、ダメだよ」


窓に手を付き、同じく一歩踏み出した彼に静止された。


「ここなら誰にも見つからないだろう?」


再び、窓につく背中。


「だ、大丈夫!
きっと、もう誰も来ないよ」


彼がこれ以上近づいてこないように、思わず胸の前で両手の手のひらでカバーすれば

「初めて俺に触ったね」

思ったよりも近くにあった幸村君の胸下あたりを触ってしまったらしい。


「え!?
あ!わっ!ご、ごめんなさい」


慌てて両手を下げようとしたのに
今度は彼の手に掴まってしまう。


「いいんだ。
名前になら、触られても構わないよ」

「え?」

「ねぇ、名前はどうして俺が毎日図書室に来るんだと思う?」


彼が紡ぐ言葉の一つ一つが理解できなくて

掴まれた手がどんどん熱くなって


「わかるまで、離してあげないよ」


いつもとは違う

少しだけ意地悪な微笑みに目が逸らせなくなったんだ。









いつか


素敵な王子様が迎えに来てくれるんだって

おとぎ話のような恋をしてみたいって
そう思っていたのに



目の前にいる王子様は


一筋縄ではいかないような、そんな人でした。



「ほら、早く答えないと耳元で正解を言うことになるけどいいのかな?
もしくは、もっとわかるように行動で示そうか?」




いや


王子様でもなく


力づくでさらっていく悪魔のほうかもしれません。














*fin

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