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□第四章
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俺にとって既に自分の庭のような、この町に広がる森を自転車で進んでいく。
するとこじんまりとした野原に出るのだ。
小さい頃はよく幼馴染みと遊んだし、今でもなにかとよく来る所だった。
仰向けに寝転がり空を見上げれば緑に縁取られた青がうつる。
「……ここは?」
「ん?
野原……隠れ家、みたいなもんかな」
来ようと思えば誰でも来られるのだが、少し森の奥まった所にある上森の地図の詳細なども格段ないので存在を知らない人も多い。
それをいいことに小さい頃秘密基地として遊んでいたっけ。
一人になりたくなったらここに来ていた。
俺と友達しか来ない、現実を木々で切り取ったかのような空間。
「綺麗な、風だね」
「そうだな」
「森が綺麗に、してくれてる」
「ああ」
彼女は笑っていた。
どこか寂しげで、優しくて、なのに嬉しそうで楽しそうで。
今彼女の瞳はなにも写っていないはずなのに。
眼を眇(すが)めてどこかを見ていた。
「……僕は、薄い」
「は?何が」
あまりに唐突すぎて思わず聞き返す。
彼女はないはずの目線をそっと膝元に落とした。
「色素」
「しきそ?あぁ、だから髪とか肌とか……」
「め……」
「あー……眼もかなり茶色いよな」
全体的にふわふわしたような、地に足が着いていないような印象の子だ。
髪の毛も薄い茶色で眼も赤茶けていて肌も真っ白で。
押したら倒れてしまいそうな、だから守りたくなるような子。
「……そのせい」
「ん?」
「眼が紫外線でダメになったから……世界が暗くなった」
「それって……」
「だんだん……。
ちょっと前に暗くなっていって、今はなんにも」
段々と暗くなる世界。
どんな感覚だろうか。
自分が取り残される感覚?
闇に引きずり込まれる感覚?
あぁ、そんなことを知って何になると言うんだ?
「もう見えないのか?」
なぜそんな事を聞いたのだろう。
「わからない」
少しの沈黙。
「……多分無理」
こういうときになにも言えない俺と言う人間。
いつもそうだった。
「……ごめん」
「……ごめん?」
意味が分からないと言うように顔をこちらに向けて首を傾げる八重苳に、ひどく罪悪感を覚えた。
そのまま、彼女は呟く。
「ごめんなさい」
それこそ意味が分からない。
なんでお前が謝るんだよ。
「でも……もう、……だめ」
「なにがだめだよ?」
「……僕に話し掛けないで」
え……?
なんだよ、それ。
「……傷付くだけ」
「俺が、お前が?」
「君も、……僕も。
いいことなんかない」
「そんなのやってみなきゃ分かんねぇよ。
それとも……迷惑?」
「……」
言って後悔した。
俺はともかく、彼女が傷付くかもと言ってるのに無責任だと自分を責めた。
さっき謝ったばかりなのに、馬鹿だ。
「あの……さ」
彼女の方を窺って驚く。
ほろり。
そんな擬態語がぴったりだった。
虚空を見る彼女の目尻からひとつ、ふたつと涙が頬をなぞって落ちた。
焦っている俺を余所に満面の笑みをこちらに向けて一言。
「……ありがとう」
「え……っ?」
「迷惑……じゃな、……嬉しい」
ぽろぽろ泣きながらなお笑顔で言うものだから。
それがあまりに……綺麗で、可愛かったから。
急に気恥ずかしくなってなにも言えなくなってしまった。
誤魔化すように、そうだと呟く。
「……なあ」
「……?」
「明日、教室来いよ」
「……なんで?」
「俺の隣だろ、お前。
俺が黒板の文字全部教えてやっから」
「……」
「な?来いよ」
「……お母さんに相談する、から」
「ん、そうしな」
なんでそう思ったのかは分からないが、普通にクラスに居て欲しいと思った。
「あの」
唐突に声をかけてきたのは、彼女の方だった。
「……ん?」
「連れていって欲しいとこ……あるんだけど」
「あんま遠くなければ良いぜ?」
正直少し驚いた。
八重苳は顔を伏せて呟いた。
「……花の展覧会に」