another view

□第五章
1ページ/3ページ


∽五章∽

「あの……ありがとう」
「いや、別に……
でもなんでここなんだ?」
「……だめ?」
「いいけどさ。
花の種類とか分かんなくねえの?」

八重苳は少し顔を傾けることで返事をした。

「分かる」

展覧会は沢山の人で賑わっている。
雑踏の中で八重苳は俺の隣で穏やかに色とりどりの花を見ながら続けた。

「花の香りと、こえ……
あと、触れれば形で」
「ああ……なるほどな。
……って待てよ、声だと?」
「こえ。
きいろい花は高いこえ、白い花は優しいこえ……」

俺は沈黙を守った。
どう返事をしたものかと考えてしまったのだ。

「君今、笑い飛ばそうか迷った……?」
「……んなことねーよ」

内心で驚く。
確かに俺は冗談じゃないかと疑い、迷ったから。

「……動揺してる」
「…………」
「……ごめん」
「いや、謝ることじゃねえだろ?
でも……なんで分かるんだ?」
「眼、見えなくなってから……
そういうの、見えるようになって」
「花の声、も?」
「……信じない?」

信じられない。
けど、嘘を言ってるようには見えなかった。
何より、彼女は自分の事をこんなに打ち明けて、俺を信用しているんだ。

「信じるよ。
よし、行こうか」
「うん……ありがと」




中には色々な花が鮮やかに飾られていた。
もっとも、俺が分かるのは薔薇位だったのだが。

「これ、なんだか分かる?」

花の声が分かると言う彼女にピンク色の花を差し出した。

「ガーベラの香り。
優しい……ピンクいろのこえ。
でも弱ってる、可哀想……」
「弱ってる?」
「悲しいいろがする。
……この子は、自分の種を残せないんだね」
「へぇ……」

この話をどこまで信じれたかは正直俺にも分からない。
でもこの花に刺さった札には確かにガーベラと書いてあったし、色も鮮やかなピンク色だ。
少なくとも彼女の能力は充分に証明されたわけである。

優に二、三時間は展覧会に居たわけだが、その間ずっと八重苳は楽しそうだった。
茶色の大きな瞳を輝かせてじっと花の方を見るので、周りの人は誰も彼女が盲目だということには気づいてはいなかっただろう。

それが分かるくらい――俺はどちらかと言えば花よりも、花を見る八重苳を見ていた気がする。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ