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□第五章
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∽五章∽


展覧会に行ったあと、俺は彼女を家まで送った。
断られたのだが、送っていくと言い張ったのだ。

「だ、大丈夫……だから」
「なにがどう大丈夫なんだよ」
「僕……帰れる、から」
「だからなにが根拠なんだ?
俺が連れてきたんだから、ほら家どこだよ?」
「えっと……」

八重苳は何かを手繰るように視線をさまよわせた。

「笠野交差点……って、とこを……」
「あ、あれか」
「……左にお願い、します」
「あいよ」

きゅ、と音がして自転車が旋回する。

「信号を右に」
「次は?」
「二番目を……右」

そうやってどんどんと進んで行った。
割と進んだ所で「もう大丈夫」と呟くのが聞こえた。

「大丈夫って……家まで送らせろよ」
「それは……ダメ」

何か彼女が困るようなことがあるのかと思案するが思い付かない。
第一辺りはすっかり暗くなっているのだ。

「つーかお前、見えんの?」
「…………」

空も地面も同じ様な暗い色で染められている。
ぽつん、ぽつんと街灯は点在するにしても、眼が見えない彼女にとってなんの意味もないはずだった。

「見えないとこなんか、危なっかしくて歩かせられるわけねえじゃん」
「……ごめん」
「……え?」
「ごめん、なさ……僕……」

暗がりの中妙に彼女の潤んだ瞳がいつも以上に輝いて見えた。
それはもう涙目と言ってもいいかもしれない。
俺は、なんで八重苳が謝っているのか分からなかった。
必死に――飼い主に叱られた犬が許しを請いながら此方を伺うようにこちらを見上げる双方の瞳に捉えられる。
どうか嫌わないでと言っているようにうるうると、そっと此方を見る様は胸が高鳴った。

でも、分からない。
何故彼女はそこまで俺に送らせまいとしている?
そして何故彼女はそこまで脅えているんだ?

「……なんで謝んだよ」
「僕……の、せいで……。
迷惑かけてるし、あの……」
「迷惑なわけねえだろうが」
「……ありがと」

そこでにや、と彼女に笑いかけた。

「それでいいんだよ」

こくりと頷くのを見てから自転車を再出発させる。

「突き当たりに……赤いガーベラがある家」
「あそこだな。
……なぁ、ガーベラって毎年咲くもんなのか?」
「…――?
一年で枯れちゃう」
「じゃあさ……
八重苳が最後にガーベラを見たのって……」
「……三ヶ月前」

まだ失明してから三ヶ月しか経ってないのか?

「……そっか」

その時俺は唖然としてそんなことしか言えなかった。
彼女を下ろして、別れて今来た道を引き換えそうとしているとキンキンと高い声が聞こえた。
見ると八重苳のことを、髪を金色に染めた人が玄関で待ち構えていたようだった。
金髪の女の人はそれなりに美人だったが、今は眉間の皺で鬼の形相になっている。


「鈴、あんたどこ行ってたの!!」
「連絡しました……」
「ああ、花の展覧会ですってね!!
あんたって子は人の迷惑も考えずに」

迷惑……
彼女の口からも出ていた言葉。

俺は知らず知らず八重苳の家まで行って、門を開けて金髪の人と八重苳の所まで行っていた。

「迷惑ってどういう意味でしょう」
「ちょっと君、誰かしら?
今私は娘と話してるの、邪魔しないで頂戴」
「娘……」

似てない親子もあったもんだ。

「俺はその娘さんの友達なんですが」
「友達ですって?」

俺が言うとその女は怪訝そうに八重苳の方を伺い、その彼女は微かに頷いた。

「……うん」
「まあ!!
あなたみたいな綺麗な子が?」
「……どういう意味です」

小さく眉を寄せた。

「だってこの子は……目も見えないし。
わざわざ鈴の世話なんかしなくても……」
「世話?
俺は八重苳――鈴の友達だって言ったんですが」
「友達!信じられないわ」

この気性の荒そうな女は娘を何だと思っているのだろうか。



 
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