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□第六章
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翌朝。
土曜日だった。
何度も八重苳の家に行こうとしたのだが、その度に迷惑かとか出掛けているかもなどと思い直し、結局やりきれず昨日彼女を連れていった野原に向かった。
一面が背の低い草や花で覆われた地面を囲むように広葉樹が不規則に立っていて、見上げると青かったり雨が降ったりする空がある。
今日は晴天。
大体来れば一人で居れて、たまに野鳥や栗鼠などが訪れるだけなのだが、今日は珍しい事に先客がいた。
「……あっ」
「八重苳……?」
何故か彼女の肩、膝、抱えた腕の中……いたる所に愛らしい栗鼠がいた。
特に肩に乗っていた二匹の栗鼠は一つの木の実を巡って喧嘩していたのだが、俺に気付くと慌てて逃げていった。
それに続くように他の栗鼠も次々に逃げてしまう。
「俺は嫌われてんのかな」
ひょい、と肩をすくめてそっと八重苳の隣に座った。
「僕は……」
「ん?」
「この子達にしか、好かれない」
名残惜しそうに今まで栗鼠が乗っていた膝にそっと手を乗せて、ぐっと握り締めた。
「……そんなこと……ないだろ」
「人間には……嫌われるから」
「……俺は?」
「え?」
「俺は好きだけど」
「ありがと……」
弱々しくこちらに見えない眼を当てて笑いかける。
「僕も……君なら、平気……かも」
「……あんさ、今さらだけど……
俺の名前知ってる?」
「知らない」
だから八重苳は俺のこと、君とかって言ってたのか?
「俺は、高澤恭輝。よろしくな」
「たかざわ……恭輝。きょうき」
彼女は少し嬉しそうに恭輝、恭輝くんと呟いた。
「僕、りん。
……八重苳、鈴」
鈴。
そうか、そんな名前だったんたっけ。
俺はこの自己紹介をきっかけに彼女の事を名前で呼んだ。
また鈴も俺のことを名前で呼んでくれたのだった。
こんなこと咲胡以来かもしれないなあなんて思いながら。
……俺は彼女の事を名前で呼ぶ理由は単にあの忌々しい鈴の母親とより明確に区別するためだと頑なに思い込むことにした。