夜のサスペンス


From-D
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Day light







光一は優美と一緒に病棟の廊下を抜けて中庭に出た。
この病院は比較的大きな規模らしく、中庭も結構広いものだった。

そこでは、ここの入院患者やお見舞いに来た人達などが暖かい陽射しの下で寛いでいるのが見える。
光一はそんな風景を空中から見下ろしていた。
そして、時折吹いて来る風が肌を撫でていく……


そんな気がした。


「こうして空を飛んでいると、何だか鳥になった気分だな」

光一は何気なく独り言の様に話し掛けてみる。
しかし、優美は相変わらず黙ったままだった。

「イイ天気だなぁ……
さぁ、これから何処へ行こうか?」

「……どうして?
貴方って、こんな状況なのにどうしてそんなに前向きでいられるの?」

繋いでいる優美の手に力が入る。

「どうしてかって? それはいつまでも落ち込んでいても仕方ないからさ! それだけだよ ……それに、まだ死んだ訳じゃないんだろ?」

「…………」

優美は又黙り込んでしまったが、少し間を空けて口を開く。




「貴方って、悩み事とか無いのね……」

「そうだな…… 全く無い訳でもないさ。て言うか、全く悩み事の無い人間なんて居ないと思うぞ」

「そ、それはそう ……だけど」

優美は少し困った様な表情で返答を曇らせた。

「だけど、さすがにあの時はちょっとヘコんだかな」

「……あの時?」

「彼女にフラれた時」

「……ぇ!?」

優美は予想外の答えに一瞬驚いた表情をしたが、少しは興味があるのか、話しの続きを待っている様子で光一の方を見ている。

光一はそれに対して、まるで他人事の様にサラリと答えた。

「〜私、婚約したの…… だってさ! ……突然言われたよ」

「婚約!? その女性(ひと)って恋人じゃなかったの?」

「それは俺が勝手にそう思いこんでいただけの事かも知れないな」

「……そうなの!?」

優美は何かイケナイ事を聞いてしまって、少し申し訳なさそうな表情で目を逸らした。

それでも光一は独り言の様に話しを続ける。

「まぁ、何となくわかっていた事なんだけどな……」

優美は神妙な面持ちで話を聞いている。

「さっき彼女って言ったけど、俺が幼い頃によく一緒に遊んでくれた姉貴みたいな存在だった事…… それだけさ」

黙って聞いていた優美が口を挟んだ。

「えっ!? 歳上だったの?」

「俺より三つほど歳上だったかな。今は大学生だよ」

「でも、その女性の事好きだったんでしょ?」

「あぁ、好きだったよ ……でも、相手からすれば俺は単なる弟的な親しい友達だっただけなのかも知れないな」

「………………」

優美は再び黙り込んでしまった。

二人はいつの間にかアーケードのある商店街に来ていた。

「何だか話し込んでしまったな…… ほら、商店街だ! 下を歩いてみようか」

そう言って光一は優美と一緒に路上に降りた。

ここは歩行者専用道路で、休日という事もあって様々な人達が通りを行き交っている。

そんな中、優美が突然足を止めた。

「ん!? どうした?」

光一は少し気になり優美の傍に歩み寄った。
すると目の前のショーウインドーのガラスには妙に浮いた二人の男女が映り込んでいた。

「うわ! 幽霊になってもガラスには映るんだな」

そんな驚いている光一の目の前を、まるで何も無いかの様に通行人が通り抜けて行く。

優美は恥ずかしそうな仕草で、ガラスに映った自分の姿を見ていた。

「どうしたんだ? こんな格好で恥ずかしいのか?」

「………………」

黙り込んだままで俯く優美に光一は明るく話し掛けた。

「ハハハ! ……こればかりは仕方ないだろ、今の俺達は着替える事出来ないんだから!
それに、今の俺達の姿って人には見えていないんだから別にイイじゃないか!」

「…………」

優美は何も答えない。

「仮に見えていたとしたら俺達って、かなり浮いた存在なんだろうなぁ」

冗談ぽく言う光一だったが、優美は俯いたまま黙っていた。

そんな折、通りの対面にあるゲームセンターが目に入った。
すると、店先に設置してある"フォトマジック"という機械からは女の子達の声が聞こえている。

「ゲーセンか…… そういえば最近は行ってなかったなぁ。ちょっと寄ってみるか?」

「ぇ!? でも私……」

「どうせ誰にも見えないんだからイイじゃないか!」

そう言って優美の手を引いてフォトマジックの前までやって来た。

中では女子中学生らしい三人組が機械の操作をしている。

「こっそりと写ってやろうか?」

「……そ、そんな事ダメよ!」

「イイって、イイって!」

光一は半ば強引に優美の腕を掴み、自分の方に引き寄せて女子中学生達の後ろに立った。




暫くして……



『ねぇ、できた?』

『うん、できたよ!』

『見せて見せて!』

『……あれ?』

『何!? どうかしたの?』

『ねぇこの人、誰?』

『……ぇ!?』

三人組の一人が後ろに振り返った。

『どうしたの? ここにいるの私達だけだよ』

『知らない人が写ってるの……』

『え!? うそー!』

『ヤダー何これ、本当に写ってるよぉ!』

『何これ、ちょっとヤバいよー』

女子中学生達は周りをキョロキョロ見渡した。

『や、やっぱり誰もいないよぉ!』

『まさかこれって…… 心霊写真?』

『まじー! やっぱこれちょっとヤバいよ〜!』


女子中学生達は、そのままこの場所から立ち去ってしまった。
するとその後には今出来たばかりのフォトマジックの写真プリントが残っていた。

光一はそれを覗き込んで見てみると、先程の女子中学生三人組がピースサインをしているのが写っている。

そして、その背後には……

「……なんだこりゃ!?
俺達の顔はピンボケで、何処の誰だか判らないじゃないか!」

「ウフフッ そぉね……」

一緒に覗き込んで見ていた優美が、クスッと笑いながら答えた。

「えっ!? ちゃんと笑顔できるんじゃないか!」

「…………」

優美は慌てた様子で又俯いてしまった。

「あれ!? もう終わり?
今の笑顔可愛かったのになー……」

優美は俯いたまま背中を向けてしまった。

「ゴメンゴメン! でも、今言った事は本当だぜ!」

「………………」



――沈黙の時間が過ぎて行った。




「……他に行こうか?」

そう言って光一は優美と一緒にこの商店街の中を歩き出した。
通行人は次々と二人の中をすり抜けて行く……






沢山の人が行き交う中、誰ひとりこの実体のない二人に気付く者は居なかった。




【続く】
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