日常物語

□ほのぼのぼの
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夏の日の…





菜々子の家に到着した晃は玄関脇のいつもの場所に自転車を停めて呼び鈴のボタンを押した。
「ピンポ〜ン!」と軽快なチャイムが鳴った
と、同時に玄関のドアが開いて菜々子が笑顔で現れた。

「アキラ君、待ってたよ〜!」

「うわっ、出て来るの早っ!」

「だって〜、ずっと待ってたんだも〜ん」

「何だよそれ!」

「いーから、いーから、早く中に入って! 外は暑いでしょ」

そう言って菜々子は嬉しそうに晃を招き入れた。

「わ、わかったから背中を押すなって!」

その時、菜々子は晃が手に持っている白い箱に目がとまった。

「ねぇ、その箱は?」

「知らねーよ、母さんが持ってけって強引に渡されたんだよ!」

「ふぅ〜ん、そうなんだ」

菜々子はその箱を受け取って中を覗いてみた。

「あぁっ、イチゴショートだわ! しかも、カフェ・マリアンのじゃないの! 私ここのケーキ大好き!」

「そーか、それは良かったな…… ていうか、何でカフェ・マリアンだってわかるんだよ」

晃が尋ねると菜々子は白い箱の隅っこに小さく金色で印刷されている"C.M."の文字を指差した。

「ほら、これを見れば誰だってわかるわ」

「そうなのか?」

「だけど、よくこれが買えたわね」

「俺にはよくわかんねーよ、母さんに聞いてくれ」

「ぅ〜ん楽しみ! 食事の後で一緒に食べようね!」

「えっ、俺も食うのか?」

「そうよ、アキラ君と一緒に食べるの!」


菜々子は晃をぐいぐいとエアコンの効いたダイニングまで連れて行った。

部屋の中は「シーン」と静まり返っていた。

「ホントに誰も居ないんだな……」

室内を見渡してぽつりと呟く。

「ぅ、うん…… さっき電話で言った通り今日は家族は誰も居ないの……」

菜々子はケーキの箱を大事そうに冷蔵庫に入れて、代わりに麦茶の入ったボトルを出して来た。

「お外暑かったでしょ、ハイ! 冷たい麦茶!」

「おっ! それはありがたい!」

「今日も暑いよね」

「ここに来るだけで汗だくだ!」

「ご苦労様!」

「そうだ! 洗面所借りるぞ、ちょっと顔でも洗ってくるわ」

「ぅん、いいよ」

洗面所にやって来た晃。
綺麗に掃除の行き届いた洗面台、そして曇りひとつ無い鏡には晃の姿が映っていた。
晃は手早に顔を洗った。

ダイニングの方からは菜々子の鼻歌が聞こえている。



ダイニングに戻るとテーブルの上にはご馳走がお目見えしていた。

「アキラ君、スッキリした?」

「……まあね」

晃の視線はテーブルの中央に置いてある大皿に止まった。

「おぉっ! こ、これは鶏の唐揚げ!」

大皿には綺麗に敷き詰められたサニーレタスの上にこんがりキツネ色に揚がった鶏の唐揚げや手羽先、鶏肉団子などがレモンの輪切りと一緒に整然と並べられていた。
そして、その隣のガラスの器にはコールスローサラダが山盛り入っている。

「アキラ君、唐揚げ大好物でしょ」

ニコニコ笑顔で応える菜々子。

「まぁね、ぅ〜ん、この香ばしい香り…… ていうか、これ全部お前が作ったのか?」

「うん、そーだよ!」

「だけど、よく俺の好物を知っていたな」

「だってそんなの当たり前でしょ、付き合い長いんだから」

「腐れ縁だろ!」

「あぅぅ〜…… それでもいいの! ほら、早くいただきましょ」

「おい、いただくって…… 唐揚げだけって訳じゃないだろ」

「今日のメインはビーフカレーなの!」

「何だよ、カレーかよ!」

「アキラ君、カレーライスも好きでしょ」

「ま、まぁ嫌いじゃないけど……」

「何だか反応悪いわね、ハンバーグステーキとかの方が良かった?」

言いながらカレー用の器に盛ったカレーライスを晃の前に差し出す。

周囲にはカレーのスパイシーな香りが拡がった。

「お! イイ香り、なかなか旨そうじゃないか」

「"旨そう"じゃなくて、本当に"旨い"の! ほら、早く食べてみて」

「そ、そうか? それじゃあ一口……」

菜々子はニコニコしながら晃が食べる様子を両手頬杖をつきながら眺めている。

「……な、何だよ!」

「ねぇ、私が食べさせてあげようか?」

「べ、別にイイよ! ガキじゃあるまいし!」

「な〜んだぁ、つまんな〜い!」

少し不満そうな顔をする菜々子。

「つべこべ言ってないでお前も食え!」

言いながらスプーンを口に運ぶ。

「……ぅ!? こ、これは!」

「どぉ、美味しい?」

「すげー旨いじゃないか!
……菜々子って意外と料理得意だったんだな」

「もぉ、今頃気付いたの? アキラ君、気づくの遅いよ! ……それに、"意外"は余計だよ!」

「だって、お前っていつもトロいから料理もトロいのかと思ってた」

「あぅ〜…… ヒドイ言われ方だょ〜……」

「……だけど、少し見直したぞ!」

すかさずフォローを入れる晃。

「それじゃあ、明日から毎日食べに来る?」

「おいおい、いくら何でもそりゃマズいだろ!」

「あら、私はイイわよ!」

「ま、マジっすか!?」

「だってぇ、毎日アキラ君と一緒にお食事できるじゃないの?」

「わ、訳わかんねー事言ってんじゃねーよ!
大体、お前とは毎日学校で昼メシ一緒に食ってるじゃねーか!」

「あ、それもそうね」

「……ったく」

少し呆れ顔の晃。

「それより、ほら! 鶏の唐揚げ!」

菜々子は自分の箸で摘み上げた唐揚げを晃の顔の前に差し出した。

「な、何だよ!」

「ほら! あ〜んして」

「そ、そんな事できるかよ!」

「あら、どうして?」

「は、恥ずかしいだろ!」

「恥ずかしくなんかないわ、今はアキラ君と二人だけだもん」

「そ、それでもイヤだ!」

「……さっきヒドイ事言った罰よ」

「ぅ〜…… わ、わかったよ、やりゃあイイんだろ」

晃は観念して大きな口をあける。

「ぱくっ!」

口の中いっぱいにジューシーな肉汁とハーブの香りが拡がった。

「……う、旨い! これはマジウマだぜ!」

「よかった、アキラ君に喜んで貰えて! それじゃあ次は……」

「おい、まだやんのかよ」

「この軟骨入り鶏肉団子もとっても美味しいわよ」

そう言いながら再び晃の顔の前に差し出す。

「はい、あ〜ん!」




その時、玄関のドアを開閉する音が聞こえた。






【続く】
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