日常物語

□ほのぼのぼの
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夏の日の…





突然の大声に一体何事が起こったのかと注目する二人。

「な、何だ!?」

「ど、どうしたの? お姉ちゃん!」


すると、成美の手には晃が持って来た例の白い箱があった。

「ねぇこれって、駅前通りのカフェ・マリアンのイチゴショートじゃないの!
よく手に入ったわね」

「あっ、それはダメェ! アキラ君のおみやげなんだから!」

「あら、そうだったの?
でも別にイイじゃないの、ちゃんと人数分以上あるんだから」

そう言って結局ダイニングテーブルまで持って来てしまった。

「もぉ〜っ、せっかく後でアキラ君と一緒に食べようと思ってたのにー!」

フグみたいに頬っぺたを膨らませる菜々子。

「ナナったら、そんなに膨れないの! 全部食べる訳じゃないんだから」

言いながら菜々子の頬っぺたを指で「ぷにぷに」とつついた。

「や、やめてよ〜!」

「ねぇ、もしもナナが私の立場だったらどうする?」

「えぇっ……?」

「カフェ・マリアンのイチゴショートよ! 絶対見逃せないでしょ?」

「……ぅ、ぅん、絶対欲しいと思う」

「そうでしょ、あそこのイチゴショートは特別なのよ!」

「うん、知ってるよ! 店頭に出てもすぐに売り切れちゃうから、なかなか買えないのよ」

「そうそう! その数量限定の超レアモノが今、目の前にあるのよ!」

「ぅん、目の前にある」

「絶対に今すぐ食べたいわよね〜」

「……ぅん、食べたい」

「当然よね〜 ……という訳で一ついただくわね!」

「あぁ〜っ! お姉ちゃんずるい〜っ!」

……まんまと口車に乗せられた菜々子だった。

その横ですっかり置き去りにされている晃。

「や、やっぱり、いつもの成美さんじゃない……」

「もぅ! お姉ちゃん勝手に食べた〜」

「ぁ、ははは、は……」

もう笑うしかない晃だった……

「ねぇ、この際だからアキラ君も食べるでしょ」

「そ、そうだな……」

「それじゃあ私、紅茶を煎れるからちょっと待っててね」

「あぁ、頼むよ! ……その前にトイレに行って来るよ、ちょっと借りるぞ!」

「いいわよ、遠慮なく使って!
……お姉ちゃん、アキラ君のを取ったりしちゃ駄目だよ!」

「なっ何よ、人聞きの悪い事言わないでよ! 取ったりなんかしないわよ!」







そんな姉妹の会話を尻目に洗面所の奥にあるトイレにやって来た晃。
ドアを開けると爽やかな芳香剤の香りがほのかに漂う。
窓枠には「ミロのヴィーナス像」のフィギュアらしき物が置いてある。
トイレの中も洗面所同様に綺麗に掃除が行き届いていてロールペーパーの末端は清掃済の三角折りまでしてあった。

用を済ませ、手を洗ってダイニングに戻るとティータイムの準備が出来ていた。

「あっ、アキラ君、用意出来たわよ」

「おぅ、そうか!」

「ねぇ、お姉ちゃんもいただくでしょ?」

「私はいいわ、あなた達のラブラブ〜な時間の邪魔しちゃ悪いから部屋に戻るわ」

「もぉ〜っ、又変な事言ってるー!」

「それじゃあ、ごゆっくりね〜!」

さっさと食べ終わった成美は飲みかけの缶入りソーダを持って自分の部屋に戻って行った。

急に静かになったダイニングルーム。

一瞬の沈黙の時間が流れた。


「……そ、それじゃあ紅茶煎れるわね」

沈黙を破る様に菜々子がティーポットからカップに紅茶を注ぐ。
湯気と共にハーブティーの香りが鼻を擽る。

「ん!? なかなかイイ香りだな」

「五種類のハーブのブレンドよ」

「そうなのか? ……俺にはハーブの事なんてさっぱりわかんねーや」

「美味しかったら、細かい事なんてわかんなくてもいいの」

そして、自分のカップにも紅茶を注ぐ。

「それじゃあ、いただきましょ」

「そ、そうだな……」

菜々子はケーキ用のフォークで一口大にカットしたケーキを口に運んで満面の笑顔を浮かべる。

「ん〜、美味しぃ〜!」

「それは良かったな」

「やっぱり、カフェ・マリアンのイチゴショートは最高だわぁ〜!」

「俺にはケーキの味なんてよくわかんねーよ」

「でも、とっても美味しいのは確かでしょ?」

言いながら、生クリームの上に乗っている真っ赤な苺を一口食べる。

「ん〜、美味しい! この上品な甘酸っぱさがたまらないわぁ〜」

「菜々子ってホントに幸福そうな顔するなぁ」

「だって、美味しいんだから仕方ないでしょ ……ねぇ知ってる? この苺って最高級の"紅乙女"なのよ」

「そ、そうなのか? 苺の品種なんて俺にはわかんねーよ」

「……でも、これが"旬"の季節だったらもっと美味しいんだから〜!」

「えっ、そうなのか?」



「…………ところで、アキラ君」

菜々子は唐突に畏まった様子で晃に問い掛けた。

「ん、何だ? ……俺の分も欲しいのか?」

「えっ、イイの? 嬉しい〜!
……じゃなくって!」

「何だ、違うのか」

「わ、私そんなに卑しくないよ!」

「だってお前、いつも学校で俺の弁当のオカズを摘んでいるじゃねーか」

「そ、それはオカズのトレードよ、トレード!」

「何焦ってんだよ」

そう言いながら、晃は自分のケーキの苺をフォークで刺して菜々子の目の前に差し出した。

「え!? な、なに?」

「ほら、あ〜んしてみろ」

菜々子は少し恥ずかしそうに「あ〜ん」する。

――ぱくり!

「……美味し〜い!」

満面の笑顔がこぼれる菜々子。

「ほら! 俺の分も食った!」

「そ、それはアキラ君が目の前に差し出したからじゃないの!」

「条件反射だな」

「もぉ、いじわる〜」

「それはそうと、さっき何を言おうとしてたんだ?」

「あっ、そうだったわね」

「何だ?」

「ねぇ、アキラ君……」

「だから何だよ!?」



急に真顔になる菜々子に少し戸惑いを覚える晃だった……








【続く】
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