平面水槽

□翔ぶ理由
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「…それで貴様は、エレンに右腕をくれてやったのか?」


1週間ぶりにまともに口がきけるまでに回復したエルヴィンに悪態を吐くと、無精髭の汚い口元に苦笑を浮かべた。


「流石に、今回ばかりは死を覚悟したな。
でもエレンを無事に奪還出来たんだ、腕の1本くらい安いものだ。」

「そうか。」


何故か無性に腹が立った。
その対象は色々なものに向いていた。

エルヴィンの腕を食いちぎった巨人

この騒動を起こした超大型巨人と鎧の巨人

何でもない巨人ごときに腕を食いちぎられたエルヴィン

その場に居られなかった自分自身


そして何より理不尽なことに、新兵の分際で自分の体の対価としてエルヴィンに右腕1本を支払わせたエレンに対しても、その怒りは向いていた。


分かっている、頭ではしっかりと



「リヴァイ、何か言いたげだな。」



こいつが助けたのは、人類の希望だと



「何でもねえ。
早くその右腕生やして、仕事に戻りやがれ。」



例えばそれが、エレンじゃ無かったとしても、こいつは躊躇無く心臓を捧げるのだろう



「無茶なことを言うなぁ。
もう少し労ってくれてもいいんだぞ?」



こいつはそういう人間だ。



「馬鹿言え。
てめぇが寝ていた一週間の間、てめぇを労って新しい班の編成やら報告書やら、俺がやってやったんだ。
これ以上何を労えと?」



俺がこいつと同じ立場でも、自分の身を呈してもエレンの救出を最優先させただろう。



「あぁ、悪かった。
迷惑をかけてすまなかったな、リヴァイ。」



ただ、でも、それでも



「…なぁ」



こんな時に渦巻く嫉妬心を抑えられない。



「もし、もしもだ。
もしも俺が攫われたら、てめぇは残った左腕も惜しまず俺を助けに来るのか?」


「難しい質問だな。
お前が攫われるという場面が想像出来ん。」


「もしもだ。」


「そうだな…助けるだろうな。
お前は調査兵団の貴重な戦力だからな。」


「そうか。」


「急にどうした?」


「じゃあ、エレンと俺が攫われて、どちらか一方しか助けられないとなったら、てめぇは俺とエレンどちらにその左腕をくれてやるんだ?」


「リヴァイ。」


「もしも!
…もしもの話だ。」


「らしくないな。
疲れているんだ、俺に気にせず休んでこい。」



右腕が微かに動いた後、また苦笑を浮かべて状態を軽く起こして左の手で俺の頭をくしゃりと撫でた。


我に返って、エルヴィンの顔がまともに見れなくなって、撫でられた手を払い退けて部屋を出ようとした。



「リヴァイ。」



ドアノブに手を掛けた所で名前を呼ばれ、そのまま次の言葉を待った。



「色々な未来を考えたが、さっきの質問の答えは一つだ。
俺は迷い無くエレンを助けるだろう。」


「…ああ、そうだろうな。
それでこそ調査兵団団長エルヴィン・スミスだ。」


「ああ、そう言ってくれると嬉しいな。
でもお前はこの返事は望んでいなかったみたいだな。」


「そんな事はない。
お前の団長としての意思が聞きたかっただけだ。」


「エレンは人類の希望だ。
そしてリヴァイ、お前は俺の戦う意味だ。
お前が居なくては俺は翔べない。
お前に壁の向こうの果てしなく広い世界を見せるために俺は戦う。
それにはエレンの力が必要だ。
お前は…俺が助けに行かずとも、必ず俺の所へ帰ってくるだろう?」



振り返ると、エルヴィンは笑っていた。



「当たり前だ。
片腕で死に損ないのてめぇを置いて死ねる程、俺の命は軽くない。」


「言ってくれるな。
さっきまで泣きそうな面をしていた奴が。
嫉妬でエレンを殺してしまうんじゃないかと冷や汗をかいたぞ。」


「ああ、やりかねなかったな。」



エルヴィンに釣られて俺も笑うと、細めた目から一筋涙が流れた。




「腕や足は他の奴にくれてやってもいいが、心臓だけは俺に捧げろ。
俺もそれがなくちゃ翔べねえ。」


「ああ、善処しよう。」






-fin

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