憂いが混ざる空の果て

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「名無しさん!」



なんで彼女がこんな所にいるんだ?独居房にいたはずじゃ…?

フェレス卿は何を考えているんだ?候補生にあげるためにこんな危険な討伐任務に就かせるなんて。


「あぁ…当初の目的を忘れるところだったよ」



よし、藤堂の目標が名無しさんから逸れた。
チラリと名無しさんを見れば草影に隠れていく。

―――……よかった

ほっとしたのもつかの間。

藤堂は僕をつかんで投げ飛ばす。うまく受け身をとれた分ダメージは軽減できたがチクリチクリと微かに痛む。

それにしたって、レベルが違いすぎる。
このままじゃなぶり殺される!!
何か無いか、何か…


「っ…」


「!」


ドンッ


「ブフッ……あれ?こ、これは痛いな!」



少しはきいているようだ。
でもまだ彼には微かなダメージにしかなっていないようだ。


それにしたって藤堂。

こいつは僕に何をしたいんだ? 兄さんとの決別を兄さんを殺すことを望んでいるのか?

どういう理由で僕の過去を掘り返すんだ。

なんでお前なんかに僕の過去を掘り返さなければいけないんだ。
僕は…僕はっ…!



「君本当はお兄さんが大嫌いなんだろう?」


「…貴様のペースには乗らない」

嘘だ。こんなに乱されてるじゃないか。



「へーそれで冷静なつもりかなぁ。君今日までそうやって自分自身から目を背けてきたんだね?」



僕は


小さい頃兄さんに憧れてた
隠して育ててた子犬の飼い主がみつかって渡すとき、

泣きじゃくる僕と反対に

笑顔で送り出していて


なんでそんなに強いんだ?



いつも守られてばかりで


憧れるのと同時に本当は



その無言の優しさも

誰にでも分け隔てないその性格も
閉ざした心を抉じ開ける強さも

その全部が僕には無いもので


しえみさんも…
最近入塾した名無しさんでさえも

兄さんに……


そんな兄さんが

ずっと、ずっと、ずっと、ずっと



くやしかったんだ



無い物ねだりなのは重々承知してる。

兄さんと僕とでは根本的に違うんだから。



「僕は兄が好きだし嫌いだ!…だがそれ以上に弱くて小さな自分が大嫌いだった。僕が本当に嫌いなのは僕自身だ!!」



そうだ。一番大嫌いなのは僕自身だ。

努力しても強くなれない僕。
いつまで経っても成長しない。
だから兄さんにいつも……



「ゴホッ!?」


「はてさて人間1人灰にするのにどのくらいかかるのか、ちゃんと時間を計っておかなければ」



「奥村先生!!」



名無しさん…?


なんだ?視界が青い…
なんだこれは!?
どうなっているんだ!!



「っ!!先生!!……息できますか!」

「っ…大丈夫、で………すよ。なんだ…」



「先生になにしたのっ!!」



名無しさんの背中が見える。
小さな小さな背中。


微かに震えている。

彼女はまだ訓練生だ。なのにそんな小さな背中で僕を守ってくれてるんだ。

僕は本当にダメだな。



「つ…」



なんだろうこの感覚。

名無しさんがいつもと違うように見える。


震えて涙を流す彼女
矜羯羅の魔剣を持つ彼女



「二人…いる?」



そう例えるならそれが一番しっくりくる。

彼女のなかに二人の彼女がいる。

どういうことなんだ?















end

雪男視点

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