兎novel
□腐女子たちをどうにかして下さい
1ページ/1ページ
朝、起きたら虫になっていた男は有名ですが、私の場合は……
「これは……」
目覚ましを止めたとき、そのやや骨ばった手に違和感を覚えた。むくと半身を起せば、「下半身」にも妙な触感が……私は、ベッドから起き上がるとそのまま鏡の前に立った。そこにいる「自分」は、いつもより深い青色の髪、いつもよりやや鋭い眼差し……でも、知らない顔ではない。
「凌牙?」
首を傾げれば、鏡に映る兄も同じ方向に頭をもたげる。その動作は自分がしているせいか、いつもの凌牙より可愛らしく、思わず笑ってしまう。でも、こんなことをしている場合でもないわ。早く着替えて、凌牙の様子を見に……
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」
瞬間、雄叫びにも似た声が耳を劈く。案外、彼は突然のアクシデントに弱かったようだ。とりあえず、私の声で騒ぐのは止めて欲しい。ノックもせずに扉をバンっと開けた「璃緒」を見て、「凌牙」は溜息をついた。
「とりあえず落ち着いて、ええと……璃緒?」
「俺は凌牙だ!」
「そんなこと分かっているわ。その様子だと何でこうなったか、貴方も分からないようね」
私の言葉に、フンと「璃緒」はソッポを向いた。自暴自棄といえ、その態度は少し苛つくわよ。それに私は、そんな風に腕を組んで鼻を鳴らすような可愛くない女じゃないわ。
「お前だってその話し方やめろ」
「あら、どうして考えてることが分かったの?流石、私の『妹』ね」
「うるせえ!」
ギャンギャンと吠えても、璃緒の姿ではいつものような凄みもない。あら、意外とこれ愉しいかもしれないわね。
「幸い、今日は学校も休みよ。ゆっくり……そう、ゆっくり、考えてるうちに戻るわよ。凌牙、落ち着いて」
「そんな笑顔で言うなっつうか、お前、戻る気あるのか?……っち、まあいい。とりあえず今日はWとデュエルの予定だから、へますんじゃねえぞ」
「お待ちなさい。貴方はどこへ行くつもり?」
不自然に話を切り背を向けた、凌牙の襟首をグイと掴む。
「……部屋に決まってんだろ」
「私も今日は小鳥とのお茶のお約束があります」
「……急病だ。女子会なんか行けるかよ」
「では、デュエルも休んでよろしいのですか?」
「アイツとの勝負で休むのは癪だ!絶対に行け!」
身体を捻るようにして掴んでいた手は離され、「璃緒」はサッサと部屋を出て行った。貴方は、外に出て戻る手立てを探さなくて良いのですか?それとも女の身体がそんなに嫌なのですか?
「全く……子供ですわね」
思春期真っ盛りの兄を残し、私はWとの約束の場所へと向かった。
そういえば、男の友情とはどういうものなのでしょう?
「よお、遅かったじゃねえか、凌牙!」
約束の10分前に着いたというのに、すでに準備万端のWがそこにいた。一体、いつから待っていたというのでしょう。血液型はA型なのかしら?それとも暗黙の了解で30分前習合だというの?2人とも天邪鬼というか、バk……いえ、何でもありませんわ。
「……すまん」
選択肢A【とりあえず怒っているようなので、漢らしく潔い謝罪をしてみる】
「……いや……ず、随分弱気な態度じゃねえか!そんなんで俺とのデュエルに勝てると思ってんのか?」
【相手は狼狽えている】好感度が下がってしまった!
「いや……」
何ということでしょう。私としたことが返答を間違えてしまったようですわ!
そうなると、困りましたわね……ただデュエルをすれば良いだけ、相手も知人だから問題ないと思っていましたのに……何なんですの、この男は。推測すると凌牙はこの理不尽極まりない畳掛けに対し、いつもは強気な返答をするらしい。これはまるで子供の喧嘩……
「いや、違う……」
「は?何が違うんだよ」
彼らだってもう大人の一歩手前という年齢。これもただの言い争いではないはず。そういえばこの前、小鳥に借りた本でこういう少年たちの物語がありましたわ。互いに言いがかりをつけ合うことを愛情表現とする……確か「ケンカップル」と定義される関係の2人。
「おーい、凌牙?」
あの本も男同士でしたし……こういう関係は男同士特有のコミュニケーション、そう「漢の友情」の在り方に違いない!
「おい、無視すんなよ……つか大丈夫か?」
だとしたら、次の返答はこれね。
「凌g……」
「何だよW、さっきから俺のことばっか呼んで……」
「お前こそ何だよ、急に微笑みやがって。怖ぇよ」
「かまってほしかったのか?」
「なッ……」
スッとWとの距離を詰める。やはりね、思った通りだわ。Wもあの本の美少年と同じ反応をしている。驚きを含むやや引きつった笑み、そして期待を含み仄かに高揚した顔。
「こんな風に真っ赤にして……」
「おい、お前……」
あら、壁が無いわ。「ドン」が出来ないじゃない。仕方ないので、私はWの頬に手を添える。瞬間、朱を帯びていた顔がサッと青ざめたようにも見えた。きっと気のせいね。彼の反応が微妙に悪いのも「ツンデレ」だから仕方のないこと。
「ねえ、何して欲しい?」
「……あの、り、凌牙さん?とりあえず殴っていいか?それかお前、何か悪いもん食ったろ?」
「素直じゃねえな……そういうところも可愛いけどよ」
ピキ、空気が割れるような音がした。あら案の定、大人しくなったわ。こういう「ツン」キャラは「可愛い」、「愛してる」に弱いって、小鳥は何度も熱を込めて言ってたものね。ありがとう、小鳥。今、そのアドバイスは役にたってるわ。
「愛してる……」
私はそのままゆっくりとWに顔を近づけ……
「何やってんだ!璃緒ぉおおおおおおおおおおおおお!」
スパーンと晴天に響く切れの良い音、続く「璃緒」の怒声と共に私の意識は薄れていった。
「俺自身を殴ったようで気分悪ぃ。まあ、璃緒の身体を殴るよりはましだけどな……っておい、何でW、おめぇも気ぃ失ってんだよ!おい!おーい!」
***
翌日。
「結局、元に戻りましたわね」
「何で入れ替わったかは謎だけどな」
「そういえば前日、小鳥さんからいただいたケーキ食べましたわね、2人で」
「「……」」