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□第6話「ハートのクイーンにナイフを刺して」
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「ダンッ!!しっかりしてくれ!」
「ミッドナイト婦人!!」

それは突然のことだった。何者かによってダンが狙撃されたのだ。夫のミッドナイト侯爵は彼女を抱えて名を呼び続ける。

「なっ…」
「一体誰が」
「ぎゃぁあああああああ!!!!」

ギルバートとグラス警部がうろたえていると再び悲鳴が響いた。だがそれは男性の声。

「ユグス男爵が!」
「撃たれたぞーっ!!!」

なんと今度は別の人物が撃たれたのだ。それから二回ほど悲鳴が響いた。

「なんてことだ…!!」

ギルバートは目の前の光景を信じられなかった。血まみれの人が四人も倒れていたのだから…。
























































「バカ者!!あんな事態をどうして防げなかった!!」

ロンドン警視庁でグラス警部の怒鳴り声が鳴り響く。もちろん怒鳴られているのはギルバートとチャーリーである。

「す、すいません…」
「やはりあの予告状の犯人でしょうか?」
「当たり前だ!!狙われたのはミッドナイト侯爵夫人にして世界的女優ダン・エヴリコット!行き過ぎたファンの犯行かも知れん」
「ダンさん…」

ギルバートは俯く。憧れの彼女を守れなかったのだ。

「警部!ダン・エヴリコットさん、命に別条はないようです。あと、同時に撃たれたコメル・ドーソンさんと、ウィーン・ヤコヴィさんも大丈夫です。」
「コレット、もうひとりのジェームズ・ユグスはどうした?」
「…それが。弾丸が心臓を貫いて即死だったそうです」
「ちっ!これで殺人事件だ!!」
「それと、その場にまた予告状が…」
「くそっ!!」

イライラして髪をかきむしるグラス警部。ギルバートはただ予告状の手紙を見ていた。


―――我が名はアリス。王のその老体を王座から引きずりおろす。


「チャーリー、そっちの二枚の手紙を読んでくれ」
「ああ。『悪しき帽子屋のその脳天を貫く』『剣にも鈍りが出てきた騎士よ、そろそろあの世へ』」
「………」

ギルバートがじっと考える。

(…一体なんのために………?)

すると、遠くから少女の泣き声が聞こえた。コレットが呟く。

「………ユグス男爵の娘さん。まだ10歳ですって…」
「……必ず犯人を捕まえます」

あの子のためにも。












































































狙撃された四人に共通点はない。女優、男爵、カメラマン、清掃員。

「犯人は何のために四人を狙ったんだろう?」
「職業は全く関係ないわよ。それにプライベートだってみんな初対面なはず」
「しかも会場の二階から撃つなんて…入口にはすべて警官がいたし、持ち物検査だってあった」

中庭でギルバート、コレット、チャーリーはむんむんと事件のことについて話していた。だが全くもって話は進まず。

「…………手掛かりはこの予告状。だがどういう意味だ?」
「女王様って…確かに彼女は美人だから女王って感じはするけれど。残りの三人は何故王に帽子屋に騎士?」

コレットが予告状を見てため息。だがギルバートは何かひっかかった。

(女王、王、帽子屋、騎士…………まさか)
「アリスだ…」
「え?」
「不思議の国のアリスだ…女王に王に帽子屋に騎士!!全部アリスに登場するんだよ!」
「ルイス・キャロル作の童話か…確かにハートオブクイーン、ハートオブキング、ハッター、ナイト…登場するな」

ギルバートは興奮気味に紙に名を書く。

「私は被害者のことを調べてきますよ!!」
「待ちなさいギルバート!」
「え?」
「私たちも手伝うわよ」
「そうさ、オレ達も刑事なんだ」
「…コレット…チャーリー…」
「さて、手分けするのよ!!」






















































































そしてわかったことがいくつもあった。

「ビンゴだ、ギルバート。ドーソンさんの実家は帽子を売っている帽子屋だ」
「こっちもよ。ヤコヴィさんはよくホウキを剣のようにして突く癖があったらしいわ」
「…そしてユグス男爵は政財界の大物。そっちの世界では『王』と呼ばれていた…。…ただダンさんだけ、『女王』にふさわしい過去が見つからないんだ」
「それはきっと『女王』のように美しくて誇り高い女優だからじゃない?舞台では女王なのよ、きっと」
「……」
(はたして本当にそれだけだろうか)

ギルバートは知らなかった。ダンの『裏の世界の顔』を…。そしてふと気づいた。

「…アリスになぞらえて殺人を試みているのならば………まだ殺人は起きる!!」
「!」
「次は一体誰なの!?」
「殺人はランダム…アリスに関わっているような人を見つけなくては…」
「そんなのごまんといるわよ!」
「……っ!!」
「ちょっとギルバート!どこ行くのよ!?」

ギルバートはどこかへ走り出す。何かを思ったかのように…。























(アリスになぞらえた事件…警備の中をかいくぐった人物…………………だとすれば……犯人はあの会場にいた………)

路地裏へと入ったときである。ふわり、と甘い香りがした。

「…しまっ…!!!」

気づいた時は遅かった。意識が遠のく中、かすかに見えたのは足元。黒い艶のある皮靴。









「…気づいちゃったんだ」
















































































「…………ぅ」

目を覚ましたギルバートが最初に見たのは暗い部屋。自分がいた路地裏とは違う。まるで廃工場。あたりには鉄屑が散乱していた。

(私は…確か何者かに…)
「目が覚めた?」

聞こえたのは声。しかもとてもあどけない。ギルバートが顔を上げるとそこにいたのはクマのぬいぐるみを抱えた水色のワンピースに白いエプロン、白いニーソックスの少女がいた。10、11歳くらいだろうか。

「君は一体…ここはどこなんだ…?」
「私はここの部屋の子よ、それに私はこの世界のすべて」
「え…?」
「私がいるからこの世界は成り立っているの」
「何を言ってるんだ……?」
「私は神と呼んでもいい。私はアリス。不思議の世界の主役として、私は存在するの」

ギルバートは混乱している。少女はにやにやと笑ってクマのぬいぐるみを抱えている。だがギルバートはどこかでこの少女の声を聞いたことがあった。

「……!!!まさか君は!?」
「そうよ。私はあの愚かな男の娘。……名をキャサリーナ・ユグス」
「…っ!!!ユグス男爵の…娘さん…!!」

そう。この少女はあの事件で唯一の死亡者であるユグス男爵の娘のキャサリーナだったのだ。

「君は…どうしてこんなことを!?」
「言ったでしょ。私はアリス。この世界には無駄なことばかりしている人間が多いの。…あの童話の中でアリスはすべての物語の中心にある。私も同じ。世界の中心なの。だから世界にいる…いらない人間を抹殺して私だけの不思議の世界をつくるの」
「そんな…そんなことが!!君のような子供がそんな犯罪に走ってはいけない!!!」
「黙れ!!あなたに私は裁けない!いや、逮捕すらできないわ…私は子供よ?誰にだって捕まらないわ」

キャサリーナはクマを離して銃を向けた。

「バカな刑事さん。…あの女の本当の正体も知らないで」
「………え?」
(…あの…………女………?)



















ヒュンッ




























倒れていたのはキャサリーナ。彼女の背中にはナイフ。すでに息はない。

「キャ…サリーナ…ちゃん」
「間に合ったみたいだ」

現れたのはチェーン達。アルテがギルバートを立たせる。

「チェーン君!?それにアルテさん…カルメンさん…」
「無事だったか」
「ダンがいちはやく気付いてさ」


















――予告状には全員がアリスに出てくるキャラクターの名を使っているわね。犯人はどうやら相当のアリス好きみたいだわ…。ギルバートを助けてあげなさい。


























「ダンさんが…!?」
「ダンは病院にいながらこの謎を解いた。そしてオレ達をお前のもとに向かわせた」

カルメンが壁を破壊して出口を作る。ギルバートは呆然としてキャサリーナの死体を見つめる。

「…こんな子供まで…どうしてこんな世界に…っ」
「…………仕方ない。それをあんたら警察が変えるんだ。そうだろ?」
「……絶対になくしてみせます。もう二度とこんな子供が罪を作ろうとすることがないように…っ!!!」

強くその場で泣き崩れたギルバート。

(絶対……絶対にっ…………!!必ず成し遂げてみせる…っ!!私のすべてを懸けて…!)
































































結局、キャサリーナの件は犯人が子供ということもあって公にはされなかった。ギルバートは最後まで反対していた。

「どうしてですが警部!!どうしてこのことは警察内で処理なんですっ!?」
「…っ私だってそうしたくはない!!!だがこれは王室からの命令なんだ!!」
「王室…!?」

かの英国王室である。ヴィクトリア女王が治める、英国のトップ。それが事件のお蔵入りを命令してきたのだ。

「そんな…」
「………悔しいのはお前だけではない!」

そう言ったグラス警部の拳は震えていた。






































「…そう、そんな事件だったのね」

退院の日、ダンはチェーン達から事件のことを聞いた。勿論、ギルバートのことも。

「ダンがあいつを気に入ったワケがわかるかも」
「おかしな刑事だ………」

チェーンとアルテが呟く。

「警察も捨てたものじゃないようだね」
「……きっと英国を変えるわよ、彼はね」

ミッドナイト侯爵の手を握りしめ、ダンは太陽を仰いだ。

































































ちょうど同時刻、英国のとある港に船がついた。とても豪華で立派なガレオン船。そこから降りてきたのは数人の男女。

「やはり英国はいいな。風が違う」
「そうですわね、ドイツとは違いますわ」

老紳士と老淑女は英国の香りを楽しむ。そのそばには若い女と若者、小さな少女がいる。

「英国…はじめて来るわ」
「……フン」

彼らの目的と正体は…。



ハートのクイーンにナイフを刺して
(恐ろしい狂気の女王)




■あとがき
怖い話でしたーアリス事件(泣)。ダンが何故女王だったのかは、裏世界で最強の殺し屋ノアの番人のボスとして戦っている姿はまさに首を狩るハートのクイーンだったからです。キャサリーナは遊んでくれない父を憎んでおり、大好きだった不思議の国のアリスをなぞらえて父を殺す計画をたてました。そのためにダンや他の被害者をアリスの登場人物に例える必要があったんです。
さて次回からはとある名門貴族が絡んできます。世界史にも登場するあの一家です!


2009/1/28


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