C

□蜘蛛美物
1ページ/1ページ




鷹が空を舞うのがよく見える大和の信貴山城。その一室で城主、松永久秀は軍記を読んでいた。その肩に張り付くように侍っているのは久秀の正室、艶の方だ。正室といっても艶は他国の――濃姫やまつ、それに愛姫や安岐とは違った。
戦に出るのは同じだが、艶が持つ殺気や愛情表現はどことなく他国の正室とは違う。…それは夫が他国の大名と違うからか。

「艶」
「はい、久秀様」
「軍記等卿が見ても面白くあるまい」
「だって、久秀様が見ていらっしゃるなら艶も見ます」

艶は何より久秀に忠実――まるで洗脳されているかのよう。そう、そこが他の正室達と違うわけだ。普通の女は感情豊かで時にはワガママも言うが、艶にはそれがなかった。元々艶は久秀のかつての主、三好長慶の娘で艶を重宝していた三好が嫁がせたのである。三好亡き後、艶は久秀と共に戦に出た。

「言うと思ったよ。艶、卿はいつでも私から離れない」
「ご迷惑ですか」
「いや、寧ろ常に居てくれたまえ。卿は茶器と同じくらい芸術品のように…愛でることができる人間だからな」

久秀が茶器好きであることは有名だが、久秀にとって艶はその茶器のような存在でもあった。醜く、争いを絶やさない人間達の中で艶は人間臭さが全く無いし、常に無表情で寡黙。それでいて美しい。まるで感情が無いかのような女――そう、その姿は『芸術品』のようで。
久秀は満足げに笑い、艶の酌で酒を飲む。艶もまた久秀に芸術品としてでも愛されていることを幸せに感じていた。

「ところで艶。この前の毛利との戦――君は勝手に敵陣に乗り込んだそうだね」
「申し訳ございませんでした。毛利元就が首、取ることができず…」
「私はそのことを言っているのではない。卿が勝手に、そう…私に許可無く敵陣に向かったことだ」
「…申し訳ございません」

しゅん、とうなだれる艶。久秀は艶が戦で自分の役に立とうとしたことは十分承知だった。だがもし彼女があの冷酷無慈悲な毛利に殺されでもしていたら…そう危惧していた。

「卿は所詮三好の姫だ。そんな娘が戦に出るなど――武将の真似事だったか」

あざ笑うかのような久秀の言葉に艶はびくりと震えた。艶が久秀の突き放すような言葉に弱いことは誰よりも彼が知っている。こう言えば彼女は今後絶対に自分の命令に逆らわない。

「久秀様…!」
「返事はどうした、艶」
「…みゃぁ……」

艶の返事はいつだって『猫』と決まっている。久秀が艶と初めて会った際に「卿は猫のようだ」と言ったのが始まり。以来、艶は久秀から猫のようにも愛されてきた。泣きそうな艶に久秀は喉の奥で笑う。

「すまない、艶…少し苛めすぎたようだ」
「久秀様っ…」
「おいで」

腕を広げてやれば艶は久秀に縋りついた。何度やっても愛らしい艶に久秀は満たされていく。欲望に忠実で真理を愛する彼だからこそ艶の反応は新鮮だ。首に手を巻き付けてくる艶の背を撫でながら久秀は艶の襟元を緩ませてその露わになった白い肩を抱いた。

その右肩には美しい艶には不釣り合いの醜い痣があった。幼い頃に病で受けたものでそれは蜘蛛の形に似ている。父や母、家臣からも忌み嫌われたその痣。だが久秀はそれをも気に入っていた。

「ああ、なんと美しい…我が蜘蛛…」
「久秀様だけ…艶の痣を愛してくださるのは」
「勿論だ。艶の肌を見ていいのは私だけ。触れることなど有り得んよ」

その言葉に艶は安堵と喜びを覚えた。この痣がある限り自分を愛してくれる者はいないと思っていた。それを彼は救ってくれたからこそ、彼に尽くす。
久秀が艶の痣を愛したのは理由があった。久秀の自慢の茶器の中に『古天明平蜘蛛茶釜』というものがある。名の通り、茶釜の表面が蜘蛛のようになっている。久秀が艶の痣を見たとき、彼は彼女こそ自分の愛する平蜘蛛そのものに見えたのだ。

「艶……私はつまらない男だな。物に取り憑かれているようだ」
「よろしいじゃありませんか。艶は…そんな久秀様をお慕いしております」
「卿はいつも私を喜ばせてくれるな。…そんなお前を愛しく思うぞ」

そっと耳元で囁かれて艶はぞく、と毛が逆立ったようになった。そんな仕草も猫らしい、と久秀は感じる。

「久秀様…艶は嬉しゅうございます…」
「それはよかった。ああそうだ、艶…平蜘蛛で茶を淹れてくれたまえ」

と、久秀は大事そうに平蜘蛛茶釜を艶の手の中に置いた。だが艶は茶釜をじっと見つめたまま動こうとしない。

「どうかしたのかね」
「…久秀様は平蜘蛛の方が愛しいのですか?」
「…唐突だね」

確かに久秀は至高の宝と呼ばれる平蜘蛛茶釜を愛している。だがそれは所詮『茶器』として。確かに艶は茶器のような女だが…

「クッ、クク…」
「何がおかしいのです?」
「卿は人だ。茶釜には卿のような滑らかな肌も豊かな黒髪も愛らしい意思さえ無いのだよ。」
言いながら艶の頬に触れる。

「私は卿を平蜘蛛以上と見ている。…そう、それにどこか平蜘蛛と似ている気がする。私を癒してくれるところか…」
「…久秀様」
「クク、茶釜に嫉妬とは。何ともいじらしい」

頬を染めて艶は茶釜を握りしめながら茶を淹れに行った。



蜘蛛美物
(平蜘蛛の姫君)





■あとがき
BASARA松永さん初書き!BASARAはみんな捏造嫁設定なんですが今回の松永さんのお嫁さんは名前が明らかになっておらず、『三好長慶の娘』としかわからないので名前はオリジナル。
お艶は松永が好きで好きでたまらない方で、猫のように張り付いてないと落ち着かない。武器は太刀。属性は闇。


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ