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□魔王打破、美猫紅武者
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信貴山城を見上げる赤い男。甲斐の真田幸村だ。隣には一回り大きい武田信玄、さらに幸村の妻であるうら若き少女、安岐もいる。

「これが信貴山城でござるか…」
「源二郎様、きょろきょろしてないで行きますよー」
「あ、安岐!置いていくなでござる!」

今回、信玄率いる幸村らがこの大和、信貴山城にやってきたのはある交渉のためだ。驚異である魔王、織田信長の勢いを止めるために各地の大名が同盟を結ぶ――信玄はそのために信貴山城の城主、松永久秀に直接会いに来たのだ。

「それにしてもお館様自らが参られるなんて…」
「松永は変わり者と聞く。そういった輩にはわし自らが相手をせねばあるまい」

ぐわし、と心配する安岐の頭を撫でる信玄。昔から実の娘のように可愛がってきた安岐を信玄は親子愛のような愛で包む。信玄を心配しているのは幸村も同じ。しかも相手はあの松永久秀。かつて自分の主君を毒殺し、幕府の将軍をも葬り、さらには千年の歴史を持つ東大寺に火を放った梟雄。

(お館様に刃を向けたその時は――)

ぐ、と拳を握った。

























「やあ、虎殿。遠路はるばるようこそ」

広間に久秀はいた。片手をあげて信玄らを笑顔で迎え入れる。

「うむ、しばらくだな松永殿」

信玄も笑みで返し、久秀の向かいになるように畳に座る。幸村と安岐もその後ろに腰を落ち着かせた。顔を上げた真田夫妻はぎょっとした。目の前にいる松永久秀に一人の女が侍ってこちらをじっと見ている。大きな猫目は本当に猫のようだ。露出の激しい着物の裾からはなまめかしい足が伸びて帯から垂れた布は尻尾のよう。だがそんな女を気にすることなく、信玄は話を切り出した。

「手紙に書いた通りだ。今、この国は魔王によって破滅を辿っている。この危機を脱するには我ら大名が束になって魔王を防ぐ盾とならなければならん。すでに越後の上杉、奥州の伊達も結束を固めた。西国の毛利や長曾我部も加わるだろう」
「………艶、茶を淹れて来たまえ」

久秀の言葉に艶と呼ばれたその女は小さく頷いて部屋を出ていった。

「やれやれ、どこの大名も口を開けば魔王、魔王と。我が妻に汚らわしい魔王の話は聞かせたくないからね」

その久秀の言葉で真田夫妻はようやく先程の彼女が松永久秀の正室だと認識する。

「魔王など放っておけばいい。彼もまた欲望に忠実な男なだけだ。人は欲望のために生きるのが真のあり方」
「っ…松永殿!恐れ多くも申し上げまする!何故貴殿は戦おうとしない!?この国が魔王によって死と無の世界になってもかまわないと申すか!」
「そうです!織田信長が作る国はあまりにも酷すぎます!」

思わず幸村と安岐は叫んでしまった。夫婦揃って武士道を重んじる二人は久秀の言い分が認められないらしい。信玄はそんな二人を叱ろうとするがそれより先に久秀の喉から出るような笑いが聞こえた。

「ククク…虎の飼い犬か。若いな…考えが甘い」
「なっ」
「だが…そんな卿達のような若者が時代を変えるのだ。…うら若き女武者でも、時代を動かせる」
「!」

安岐はその鋭い視線に身を固めてしまう。不思議な男だ。仙人か何かのように悟りきった男。幸村は思わず安岐の手を握り、落ち着かせた。

「とにかく私は魔王に刃向かう気も、味方する気もないのだよ」
「だがお主が戦わないといっても魔王はいずれお主を侵略するぞ」
「その時はその時だろう。…私は気まぐれなんでね」

気まぐれ――つまりもし信長と敵対することになれば必ず信長を打ち破る、と。ちょうどその時、人数分の茶を盆に乗せたお艶の方が入ってきた。そっと茶を置くと艶は小走りで久秀に駆け寄り、彼の胸板に顔をすり寄せる。まさに主人に媚びを売り甘える猫そのもの。

(夫婦っていうよりも…猫)

ふと安岐は感じる。幸村と幼なじみのように育った彼女にとって久秀と艶の夫婦は不可思議だった。

(あんなのを愛と呼ぶの?)

確かにお互い愛し合っているように見えるが、あれではただの主従関係だ。安岐にはそれがおかしく見えてたまらない。まだ伊達の政宗と愛姫夫婦の方が「夫婦」らしい。

久秀は艶の鈴付きの首輪を弄りながら言った。鈴がチリンチリンと鳴り響く。

「猫は…手を出されると噛みつくものでね。つまらない天下取りには興味はないが…私の目障りにならないよう気をつけてくれたまえ」
「……ああ、わかった。帰るぞ、幸村!安岐!」
「お、お館様!よろしいのですか!」

立ち上がろうとする信玄に幸村が声をあげた。「よいのだ」と一言、信玄が呟けば彼は何も言わない。安岐は最後にちらり、と艶と目があった。
























「…とりあえず松永は我らの敵にはならない」
「信用できるのですか、お館様。あの男は…信用なりません」
「安岐よ、あの男は自分の欲望のままに生きている。天下にも興味は無し、魔王を打ち破ることにも興味は無し。ならば我らと無意味な戦はせん」

青空を仰ぐ信玄。安岐はそんな信玄の背を見上げる。幸村もまたその背を見て何かを思った。

「お館様の脅威にはなりえませぬ。何があろうとこの幸村と安岐がお守りしますぞ!」
「そうです、お館様!」

二人の若い部下に信玄は満足げに笑った。































その夜。信貴山城の屋根裏で一人の家臣が鷹に紙を括りつけている。

「信長様にお知らせしなくては…甲斐の虎が松永と接触したと…」
「おや、それは大事だね」

突然、家臣に身をやつしていた男の背後に現れたのは久秀だ。男はびくりと肩を震わせる。

「と、殿!如何されました?」
「今更芝居は醜いではないか。あっさりと正体を明かして私に斬りかかってくる勢いではないと。…今の話からすれば卿は織田の密偵…というわけか」
「お、おのれ………!?」

刀に手をかけた男だが、背中に気配を感じる。月明かりのあたらない闇から現れたのは長刀を手にした艶である。

「猫は鼻が利くのだよ。…卿は幸せ者ではないか。








最期に美しい猫を見て死ねるのだから」

同時に男の首が飛んだ。艶の表情は変わらないまま、彼女の持つ長刀が血に濡れた。

「…美しいではないか、艶よ。血に濡れた卿はあまりにも美しすぎる」
「久秀様のお役に立つなら…」

そっと口を開いた艶からはその首にある鈴を転がしたような声が漏れた。そしてその返り血を受けた姿のまま、久秀に擦り寄った。久秀が艶の喉を撫でてやればゴロゴロと本物の猫のように目を細めて気持ち良さげな表情をする。

「……魔王が何を破滅させようと構わない。



私の猫と茶器には触れさせぬよ」

彼の腕の中で美しい猫もまた頷いた。



魔王打破、美猫紅武者
(美しい猫と、赤き女武者)




■あとがき
幸安岐と久艶混合で。幸村の妻、安岐は明るい系で久秀の妻、艶は無口系。

2009/4/23


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