□結城翔太の憂鬱
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久々に京へと戻ってきたので、静香に逢いに置屋へと直行。
一月ほど会っていなかったので、久々に会えるからか、向かう足取りは心なしか軽い。
何か甘い菓子でも土産に買っていってやろうと思い入った店で、見知った顔を発見。
此方に気づいたようなので、歩み寄り挨拶を交わす。

「お久しぶりです、桝屋さん。」
「こらまた久しぶりどすなぁ、結城はん。」

品のある京弁で優雅に挨拶され、いつかこんな素敵な人間になりたいな。
なんて考えつつ、その場で軽く談笑。
龍馬さんは元気かとか、高杉さんは相変わらずだとか他愛もない会話をしていたら
思いのほか時間が経っていたようで、枡屋さんは話をきりあげ店子に選んだ菓子を包ませた。

「結城はん、わては大事な用があるさかいに、またゆっくり」
「あ、俺こそ引き止めてしまってすいません!」
「わての方こそ、長々と話し込んでしもうてえろうすんまへん。ほなまた」

出逢ったときと同じように優雅に頭を下げ、暖簾をくぐり出て行く姿を見送ると
自分もそろそろ静香の下へ行かなくては、と目の前に映ったこんぺい糖を買い店を出た。
置屋へ向かう道中、静香に会ったら何を話そうかとあれこれ考えているうちにいつのまにか置屋の近くまで来ていたことに気づく。
逢うたび綺麗になっていく幼馴染は、敵が多くて大変だ。
先約さえなければ一緒に菓子でも食べながら話をしよう、なんて考えながら置屋の前まで行くと
先ほど見たばかりの着物が目に入り、何故か隠れるように聞き耳を立ててしまった。

「そうや、これ。大層なもんやあらへんけど、静香はんにと買うてきたもんです。」
「うわぁ、こんぺい糖。ありがとうございます、桝屋さん」
「あんさんのその笑顔が見えるんやったら、毎日でも買うてきますよ」
「ふふ、毎日食べたら太ってしまいますよ」

嬉しそうに桝屋さんと話す静香の声。
嫉妬のせいか、無意識に強く握っていたこんぺい糖が、ガリ、という音と共に割れてしまう。
桝屋さんが急に話を切り上げ出て行った訳が分かり、モヤっとした感情が胸に広がる。

「あぁ、そういえば菓子屋で静香はんの幼馴染の結城はんに会いましたよ」
「翔太くんにですか?」

少しだけ弾んだ声に、下げていた顔をあげる

「へぇ。きっと静香はんに逢いに来る途中で、菓子屋に寄ったんでしょう」
「戻ってきてたんですね!良かった、元気そうで」

自分の話題で静香の声が弾んだことに喜びを隠せない自分はなんて単純なんだろうと思う。
静香が自分の身を案じてくれていたことに緩む口が隠せない。

「せやからわてはそろそろお暇しまひょか」
「今来たばかりなのにもう行っちゃうんですか?」
「結城はんとは積もる話もあるでしょう。続きは今夜座敷で…」
「は、はい……」

譲られたような感じはあまり好い気はしないけど、それでも静香と過ごせるならまぁいいかなんて。
でもやっぱり最後の「今夜座敷で」 って台詞は気に食わない。
でももっと気に食わないのはその台詞の後の静香の反応。
照れたようなそんな反応、俺には見せてくれないくせに。
なんて餓鬼っぽいこと考える自分はまだまだ子供だなと再確認。
きっと桝屋さんは俺がここにいることに気づいてるんだろうな。
俺に静香との時間を譲って余裕のある男のように見せるけど、最終的に静香は桝屋さんの下へと戻ってしまう。
こういうの、確信犯って言うんだよな。

「ほんなら静香はん、また夜に…」
「はい……」

さっき俺に別れを告げたときとはなかった、艶を含んだ甘い声で静香に別れを告げる。
うっとりとした静香の声は聞かなかったことにして、心の中で気合をいれる。
暖簾をくぐって出てきた桝屋さんは優雅に目元と口元を緩ませて、此方を一瞬見たかと思うと口元の弧をさらに深めて、俺の横を何事もなく通りすぎていった。

あんな男になりたいと思ったけれど、やっぱり前言撤回。
あんな性格の悪い人間になんて誰がなるもんか!
心の中でそう叫びつつ、顔は満面の笑みで俺は置屋の暖簾をくぐった。

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