□「旦那様のキスはどんなキス?」A
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「静香さん」 



お座敷が終わり、玄関口で客が帰路に着いたのを確認し揚屋へと戻る途中
名を呼ばれ振り返れば、建物の影から出てきた沖田さん。

「外の空気を吸いに来たら、静香さんの姿が見えたので…」

そう言って微笑む沖田さんの顔は、お酒のせいかほんのり紅く色づいていて。
沖田さんがお酒を飲むなんて珍しいな、なんてぼんやり考える。

「今日は全然、静香さんと話せてなかったから良かったです」

新撰組のお座敷は、大人数の、ためかいつも賑やかで
ゆっくりと落ち着いて、沖田さんと話せる時間はない。
その上今日は他の客との座敷が重なった為、途中で座敷を抜けることになってしまって。
いつも以上に沖田さんと話す時間がなかったので
こうして話せること、そしてこうして二人きりになれたこと。
それが純粋に嬉しくて、自分の思ったことを何も考えずに率直に伝えれば

「私もです。私も、こうして沖田さんと二人きりになれてよかった」

ほんのり紅いだけだった顔が、より紅みを強く増し
恥ずかしそうに俯く沖田さんに、自分がどれだけ大胆な発言をしたのか理解した。

「あ、これは違うんです!あの、その今日は全然一緒にいれなかったからその…」
「違うんですか…?」

しどろもどろに答える私に、「違う」と言った私の言葉にしゅんとする沖田さん。
違うって言葉を訂正したいけれど、焦っているせいか言葉が思いつかなくて。

そうこうしているうちに、遠くから人の話し声が聞こえてくる。
だんだんと近づくその声に、なんだか見つかってはいけない気がして
どうしよう、なんて考えてたら強い力で腕を引っ張られる。
背中に当たる硬い胸板、腰に回される思っていた以上に逞しい腕
そして、振り返ったらキスできそうなその距離に、胸の高鳴りが止まらない
激しくなる鼓動をどう治めようか考えていると、耳元で「しぃ」って囁き声

「おーい、総司ー?」
「アイツどこ行きやがったんだ?」
「さぁな、厠でもいってんじゃねーか?」
「お、なんか俺も厠行きたくなってきたわ」
「なら、総司探しのついでにいくかー」
「だな」

話し声が遠ざかり、ようやくこの状況から抜け出せると思っていたけれど
腰に回された腕の力は緩むことはなくて、むしろ少し強められたような感じがしたのは
きっと気のせいではないはず。

「さっき…二人きりになれて嬉しいと」
「はい…」
「でもその後すぐに違うと否定を」

あまりにも近すぎる距離のせいか、耳元で話されるたび
彼の吐息が耳にかかり、なんだか妙な気分。

「私はあなたと二人きりになれて、嬉しかったんです」

まるで子供みたいに拗ねた声で呟く沖田さんに、自然と笑みが零れ
抱きしめられている身を少し捩って、顔をあわせる。
ほんとうにかわいい、私のだいすきなひと。
そう思っていたら、無意識に出てしまった「かわいい」という言葉。

「貴方まで、子供扱いするんですか…」

さっきよりも顔を紅くして、更に拗ねたようなそんな貴方の表情に
しまった、と思ってももう遅くて。
「子供扱いした訳じゃない」そう、口を開こうとしたときには
視界には沖田さんの端正な顔と、唇に感じる柔らかい感触。

重ねられただけの唇は、ゆっくりと、本当にゆっくりと離れていく。
驚きに何も言えずにいると、先に口を開いたのは沖田さんで。

「……私だって、男です…」
「貴方と二人きりになりたいし」
「貴方に触れて、口付けたい」

そう呟く沖田さんがあまりにも真剣で、目が離せない。
ぎゅっ、音が鳴りそうなくらい抱きしめられたかと思うと離れていく腕。
途端に感じる寂しさに、何か伝えなきゃ。
そう思うのに、ドキドキからか、上手く言葉が出てこない。
完全に腕が離れ、身体を起こされる。
「戻ります」なんて、いつもと変わらない声音で私に背を向けようとする貴方。
俯きがちの表情からは何も読み取れないけれど、隠しきれていない耳元の赤みに
後押しされるように口が開く。

「……私だって、女です…」

背を向けたまま、でも立ち止まる貴方に言わなきゃいけない。
今言わなければきっと、この関係はずっとこのまま。
なんとなく、そう感じた。

「沖田さんと二人きりになりたいし」
「あなたに触れて、口付けたい。」
「ぎゅって抱きしめて、好きって言ってもらいたい」
「私だって……私だって」
「一緒なんです」

言い終える前に彼の腕が伸びてきて、伝えたかったはずの言葉は
彼の腕の中で淡く消えた。
「うれしい。」そう、何度も呟く彼の背中に手を回す。
私の肩口に顔をうずめていた顔がゆっくりと上がり、目と目が合う。
はにかんだ笑顔を見せる貴方は本当に可愛くて、綺麗で。

「すきです」

私の大好きな、優しい声で愛を囁いて
だんだんと縮まる距離に、目を閉じる。
さっきと同じ、重ねるだけのキスだけど。
合わせる唇は、消せない熱を残していく。

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