小説

□輪廻
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「あなたがエレンに近付いたから、エレンは倒れた」
珍しく荒げたミカサの声で、俺は目を覚ました。
見慣れない白い天井。緑のカーテンに仕切られ、おれは白いベッドに寝かされていた。
ボンヤリした頭で考える。
ここは巨人がいる世界じゃない。
俺は、高校生で、教室で倒れたはずだ。とすると、ここは保健室か。
「リヴァイ先生、いや、兵長」
アルミンの声に俺はビクリと身をすくめた。
今、なんて?
「なんだ?」
「エレンはあなたに殺された。理由はわかっています。わかっているけど、頭で理解しても感情はついていかない」
静かに語るアルミンの声はわずかに怒りを含んでいた。
でも俺は話しに頭がついていかない。
どうして?だって、あれは今じゃない。
まさか、みんなにも記憶があるっていうのか。
「貴方が、監視役だったから、エレンはにげなかった。
自分が逃げたら、リヴァイ兵長が責任をとらされると思ったから」
アルミンのは静かに、言い放った。
ちがう、違うんだ。
「あなたが側にいるとエレンは不幸になる。過去を忘れて笑っている今の生活を壊さないで」
「ちがうっ」
気付けば、俺はミカサの言葉を遮って、叫んでいた。
「エレンッ、まだ、横になっていないとダメ」
ミカサが、俺のそばに寄り、身体を支えようとするが、俺はそれを振り払う。
いつまでも、俺は弟じゃない。
「俺は、巨人をすべて駆逐したかったんだ。それは、俺だって、例外じゃない」
「エレン、君、記憶が…」
驚いたようにつぶやくアルミン。
「全部、思い出したんだ。出会いも、経験も、最後も…」
言いながら、言葉に詰まる。
「最後を覚えているなら、あの男がなにをしたか…」
「ミカサ、俺は兵長の側にいて幸せだったんだ。
この人の側にいられないほうが不幸になる」
「エレン…」
呆然と立ち尽くすミカサ。
「記憶が戻ったのか」
後ろから低い声が聞こえて、振り返る。
少し複雑そうな、兵長の顔。
「リヴァイ兵長」
俺はつぶやくように、名を呼ぶ。
目からは涙が溢れて止まらない。
やっと思い出したのに、忘れたくなんかない。
うつむいて、みんなには顔を見せられない。
「エレン…」
上から降ってくる、兵長のなだめるような優しい声。
ずっと、求めていた声だった。
「兵長、好きです」
「…俺は、お前を殺した男だぞ」
「心臓はとっくの昔に、貴方に捧げています」
俺は、兵長の前で右手を心臓に当て敬礼した。
「ミカサ、行こう」
「アルミン、でも…」
「心配なのはわかるよ。でも、今は僕たちがでるべきじゃない」
アルミンとミカサは保健室を出て行った。
残されたのは俺と兵長の2人きり。
「エレン」
頬に伸ばされた手を、両手でつつんで、頬ずりをする。
「お前は、俺を許すのか」
「必要な演出だったと、理解しています」
俺が答えると、グイッと力強く引っ張られる。
気付くと俺はリヴァイ兵長の胸の中にいた。
心臓の音が聞こえる。
動いている。
懐かしい、香り。
「兵長、リヴァイ兵長」
俺は背中にまわした腕でぎゅっと、しがみついた。
「忘れていて、ごめんなさい。ずっと、会いたかった」
「俺もだ」
兵長の手が俺の顎をつかんで上を向かせた。
俺が、瞳を閉じると、その唇に熱いものが重なる。
「ンッ…、兵長」
まるで、パズルのピースみたいに、空いた心が満たされていく。
「今は、兵長じゃねぇ」
「じゃあ、先生?」
「……………犯罪だな」
ポツリと、言ったリヴァイさんの言葉に、俺は思わず笑ってしまった。


ゴーン、ゴーンっ。
鐘が鳴る。
と同時に姿を現した貴方は、まるで自分が殺されるかのように絶望に満ちた表情をしていた。
「エレン、何か最後に言うことはあるか」
「生きて下さい、ね」
俺は、迷うことなくその言葉を告げた。
そして振り下ろされた刃。
寸分違わぬ急所を取られた俺は、痛みもなかった。
あぁ、自分は死んだのだと、自分の遺体を見下ろしながら想う。
「随分残酷な願いを残しやがって…」
ポツリと聞こえたのは、リヴァイ兵長の言葉だった。
「リヴァイ。彼を解剖して研究材料とする。我々憲兵団に渡してもらおう」
「ふざけるな。こいつは俺のもんだ」
一瞥し、リヴァイ兵長は俺の遺体を抱き上げた。
俺から流れる血で、兵長の服が紅く染まる。
それ以上なにか言おうと、足を踏み出した憲兵団の前に立ちはだかる、エルヴィン団長。隣にはハンジ分隊長。
気付けば、民衆の前にも調査兵団の面々が身体で抑え込んで、兵長と俺の前に一筋の道を作っていた。
「帰るぞ」
答えるはずのない俺の遺体に囁いて、兵長は足を踏み出した。


おしまい。
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