小説

□君さえいれば
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「よいしょっ…と」
エレンはかだがたと、扉を開きながら中に入る。
部屋の主が潔癖性というだけあって、綺麗に片付いていて、まず足場につまずくことはない。
が、問題は主の方で。
エレンは自分より小柄なはずの男を背負いながら部屋に入る。
160センチと小柄なはずの男は、その身丈に合わないほど重く、それは、その身体にまとう筋肉の重さだ。
どすっ、となんとかベッドまで運ぶと、はだけた肌着の隙間から鍛えあげられた筋肉が見えた。
ドキっとした胸の鼓動に気づかないふりをして、エレンは上司であるリヴァイの肩を叩いた。
「兵長、部屋につきましたからね」
「ん…」
ぼんやりとしながら、エレンの言葉に答えるリヴァイ。
その目は開きそうにない。
(珍しいな。)
エレンは、無防備に眠るリヴァイを見下ろす。
リヴァイがこんな風になったのは酒が原因だろう。
今日は調査兵団が資金繰りのため、貴族の人達と飲み会だったはずだ。
リヴァイのことなので、塔に戻るまでは普通に馬に乗って帰ってきたらしい。
入り口にエレンが出迎えると、いきなり倒れてしまったのだ。
何かあったのかと心配したエレンだったが、「酒に酔った」と言われて、ホッと胸をなでおろした。
(あ、ヤベ。ブーツ履きっぱなしだ)
リヴァイが目覚めた時、ブーツを履いたままベッドに寝ていたことに気付いたら、間違いなく明日はMAXで機嫌が悪いはずだ。
エレンはリヴァイの足元に手を伸ばした。
人の靴を脱がす機会など早々あるものではない。
しかも獲物がブーツだ。
悪戦苦闘していると、リヴァイが寝返りをうった。
「えっ、うわっ」
なんとかブーツを脱がすことには成功した。成功したが、えぇと、これはどういう状況だろう。
目の前に、どアップでリヴァイの顔があり、腰はしっかりと手で支えられている。
逃げようと身をよじるがびくともしない。
これ以上動いては、リヴァイを起こしてしまうかもしれない。
抜け出すことを諦めて、目の前のリヴァイに視線を向けた。
こんなに近くで見るのは初めてかもしれない。
切れ長の瞳。いつもシワがよっている眉は少し垂れている。
あ、まつげ長いな。
見れば見るほど整った顔立ちをしていて、いつもの不機嫌な顔で損をしている気がする。
届きそうな距離にリヴァイの唇がある。
ちょっとだけ。
今なら、気づかれないかも。
エレンはリヴァイに顔を寄せ、そっと口付けをした。
その時、触れるだけの口付けのつもりが、何故か頭をしっかりホールドされている。
起きてた!?
ビクッととエレンは身を離そうとするが、リヴァイの手がそれを許さない。
ぬるりとした感触がエレンの唇をこじあける。
「んんっ…はぁ」
苦しい。
初めての濃厚なキスにどう呼吸すればいいのかわからない。
でも求められるようにされる口付けは気持ち良くて、頭がくらくらする。
「凄い顔だな。エレンよ」
クックッとリヴァイは笑う。
「なっ、起きてたんですね。狸寝入りなんて、卑怯じゃないですか」
「人の寝込みを襲うのは卑怯じゃないのか?」
「うっ…」
こう言われてしまえば返す言葉はない。先程の自分の行動を思い出し、顔が熱くなる。穴があったら入りたい。
「エレンよ、お前、好きなやつがいるんだろう?」
「え、ど、どうしてそれを?」
「ハンジから聞いた」
あっけらかんと言うリヴァイ。
うう、ハンジさん。恨みますよ。
「お前、好きなやつがいるのにこんなことをするのか?」
いや、どちらかといえばされた気がするんですけど。
そこはとりあえず言わないでおくことにしよう。
「す…好きじゃなければ、こんなことしません」
エレンの顔は真っ赤だ。
「…ほう。ということは?」
「俺は、兵長の事が好きなんですっ」
言ってしまった。
恥ずかしい。
自分の心臓の音がうるさい。
緊張と不安が入り混じって、リヴァイの顔を見れない。
そんなエレンの顎を手で掴むと、リヴァイはそっと口付けをした。
「俺も、お前が好きだ。エレン」
まっすぐ、シルバーグレーの瞳がエレンを射抜く。
そして、ふっと笑ってエレンを抱きしめた。
「もっと早く、聞けばよかったな」
ポツリと独り言のように、リヴァイがつぶやく。
「もっと早く?どうしてですか?」
「酒に溺れることがなかっただろう」
「…もしかして、俺に他に好きな人がいるって聞いて、酔ったんですか?」
「……悪いか」
うわー。
兵長が赤くなってる。伏せ目がちに視線を逸らしてる。
レアだ。激レア。
なにこれ、可愛い。
「へいちょ…」
「さて、風呂はいる」
リヴァイを捉えようとしたエレンの手は、見事に空振りした。
しくしく。
俺、もっと訓練しよう。
かわされて何もつかめなかった手が憎い。
「エレン、一緒にはいるか?」
「はいっ」
少し落ち込んでいたはずのエレンは、リヴァイの一言でまた笑顔になる。
そんなエレンに、リヴァイもまた優しい笑みをうかべて、二人で浴室へと消えていった。

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