小説

□お袋の味
1ページ/1ページ

「うわっ、あちっ」
思わず火傷した指を己の耳に当て、冷やす。
「なんでこんなに跳ねるんだよ。おかしいなぁ」
野菜をフライパンで炒めながらエレンは調査兵団のキッチンで、慣れない手つきで料理をしていた。
どうして調理場で料理と格闘する状況になったのか、話は少し前に遡る。

「おふくろの味とはなんだ?エレンよ」
ふいにかけられた言葉に、エレンの動きが止まる。
なんでこんな話になったのか経緯はいまいち思い出せないが、ミカサやアルミンと久しぶりに会って話をしたいたせいで、少し昔を思い出して、ポロッと口からでたのかもしれない。
「え?…えぇと、おふくろの味っていうのは、自分の母さんが作った…」
言いかけて、エレンははたと気づく。
あまり、リヴァイの事を知っているわけではないが、確か地下街のゴロツキだったと聞いたことがある。
もしかして、親の料理を食べたことが無いんじゃ?
そう、思い至った時、エレンの胸に使命感が燃え上がる。
これはっ、兵長のお役にたてるチャンスかもしれない。
スクっと立ち上がり拳を握るエレンを、リヴァイは眉間に皺を寄せ首を傾げながら、とりあえずエレンの様子を見守っている。
「兵長っ、待っててくださいっ!!俺がおふくろの味を再現して、必ず兵長の前に持ってきます」
「お?…おお」
珍しく少し驚きに目を見開いた(と言っても微かすぎて他人にはわからないだろうが)リヴァイが頷くのを確認すると、ブツブツと独り言をしゃべりながら一目散に部屋の出口へと走りさっていった。
残されたリヴァイが口角をほんの少しだけあげていたことを知らずに。

「…これが、おふくろの味とやらの料理なのか」
常にある眉間の皺をさらにふやし、一見不機嫌そうな表情を浮かべるリヴァイ。
それも仕方の無いことなのかもしれない。
エレンが運んできた料理はとても褒められるようなものではなく、野菜のサイズはバラバラだし、色が黒く焦げてしまい、もはや材料がなんだったのか首を傾げたくなる程だ。
「いや、その…、たぶん、違うものになってしまったかと…」
エレンの言葉は語尾へ向かうに連れてどんどん小さくなってゆく。
テーブルの前の床に申し訳なさそうに正座するエレン。
その指先には、火傷やら切り傷やらがあって、奮闘した証なのだろう。
もっとも、なくした腕を再生させられる程の回復能力のあるエレンにいつまで傷が残るか不明だが。
どうして自分がお袋の味を再現できると思ったのか。考えてみれば、包丁をまともに握ったことがなく、さらに冷静になってみると、おふくろの味って、人それぞれ違うものではないか。
とりあえずリヴァイへ持ってくると言った手前、これでもまだマトモな出来栄えのものを持参してみたわけだが。
「兵長、やっぱりこれはやめた方が」
いくらなんでも憧れの上司に食わせるような代物ではない。
そう思って顔をあげると、リヴァイが今まさに食事を口の中へ運んでいた。
制止しようとしていた姿勢のまま思わず固まって、リヴァイの動向を見守る。
もぐもぐと咀嚼したあと、ゴクリと飲み込んだ。
知らず、エレンも同時に生唾を飲み込んだ。
「ど…どうですか…?」
「悪くない」
不安そうなエレンの問いに、間髪いれずに答えたリヴァイは続けて、手と口を動かし始めた。
「へ?いや、あのっ、兵長無理しないで下さい。お腹壊したら大変です」
「あ?なんだテメェ食えねぇもん俺にもってきたのか?」
「いえ、一応食べれるものしか材料に使ってないですけど」
「なら問題ねぇだろ」
「いや、でも」
「エレン」
リヴァイに少し低い声で名前を呼ばれ、ビクリと身をすくめる。
「俺の言葉が信用できねぇのか?」
「…っ」
兵長はズルい。と、エレンは思う。
こんな言い方をされたのでは、もはやエレンに反論などできるはずもなく。
いや、でもさすがにこれは嘘なのではないかと思う自分もいて。
「信用してます…けど」
また俯いてしまうエレンに、リヴァイははぁとため息をついた。
「仕方ねぇな」
ギシリと椅子から立ち上がる音がした。
俯いたエレンの瞳に写ったのはリヴァイの足だった。
エレンが不思議に思って顔をあげるとすぐ近くにリヴァイの顔があった。
気がついた時には唇を塞がれていて、エレンは一瞬何がおきているのかわからず頭が真っ白になる。
「…んっ…んむっ」
息が苦しくて、口を開けば生暖かいものが流れ込んできた。
ゴクリと飲み干せば、満足したようにリヴァイはエレンを解放した。
「へ…へへへいちょ、なにしてっ」
突然のことに動揺し、もはや言葉がうまくでてこない。
純情な少年は顔をゆでダコのように真っ赤にしていた。
「味。悪くなかっただろう?」
「へ?」
リヴァイに涼しい顔をして言われれば、エレンは一瞬きょとんとした表情をうかべて、なんだ、そっか、味見か。思わず納得しそうになって、味を思い出そうとして、違うものを思い出してしまった。
「味なんか、わかるわけないじゃないですかっ」
「なら、嫌だったか?」
「嫌じゃありませんでした」
「そうか。なら、いい」
わけがわからない。
心なしか、ほんの少し上機嫌になったリヴァイはまたエレンの作った食事に手を伸ばす。
また何か口答えをして、何かされるのも困るし、かといって自分の作ったものを頬張るリヴァイが気になり、エレンもまた先程同様の位置におさまっておとなしくしていた。
「ごちそうさまでした」
「全部食べたんですか?」
食事を盛り付けた器を見るため、エレンは立ち上がる。
駆け寄って確認すると確かにカラになっている。
「30点」
「え?」
「料理の点数だ」
「え?え?でもさっきは悪くないって…」
俺にあんなことまでしたくせに。
思わず口から出そうになった言葉を飲み込む。
「合格とは言っていない。先程のものはおふくろの味とは違うのだろう?再現して持ってくると言っていたのではなかったか?
それともやはりむりー…」
「作ります。再現して見せます!!」
ほんの少しだけ、リヴァイに愁を見てしまったエレンはリヴァイの言葉を遮っていた。
「このエレン・イェガーがたとえ腕を誤って切断しようとも、燃え尽きたとしてもかならずや、おふくろの味を再現して兵長に合格と言わせてみせます」
丁寧にも右の拳を心臓に当て、敬礼の姿勢をとっての熱弁だ。
そこまで言われるとむしろキッチンでどんな惨劇が繰り広げられたのか気になるところではあるが。
よもやエレンが誤って切断した己の腕を料理になぞ使ってはいないだろうな。
ほんの少し、不安になったリヴァイだった。
「へへへ」
すると突然笑い出すエレン。
不審に思ったリヴァイの眉間に皺が刻まれる。
「何笑ってやがる?」
「いえ、なんか、でも、自分の作ったもの食べてもらうのって、嬉しいですね」
カラになった器を回収しながらエレンは笑う。
それを見たリヴァイもほんの少し、頬を緩めた。
「それでは、俺は後片付けがあるので失礼します」
「ああ」
リヴァイの返事を受けたエレンは、ペコリと頭を下げると、部屋を後にした。

「おふくろの味、か」
恐らくそう遠くは無い未来に、エレンはリヴァイを満足するものを拵えてくるに違いない。人一倍、努力はする男だ。
そしてその、食べる者の事をを考えながら愛情をもって料理した品こそが、おふくろの味と呼ばれるものに一番近いのかもしれない。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ