小説

□三半規管
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時間が一瞬、止まったのかと思った。
静寂に包まれる。
しかし、次の瞬間。
ギュルルルルっ。
立体起動装置のワイヤーが戻る力を利用して身体を高速回転させた。
目で追うのもやっとで、ともすれば見失いそうだ。
気付けば、用意された複数の巨人の板はすべて、綺麗にうなじを削ぎ取られていた。
「…とまぁ、こんな感じだ」
地上にタンっと着地したリヴァイは、涼しい顔をして言い放つ。
「すごいです!!すごすぎです!!」
人類最強の技を間近で見ることができて、エレンは大興奮だ。
瞳をキラキラさせて、リヴァイをうつす。
その目は憧れと尊敬しかない。
「まぁ、これは俺独自の技法ではあるが…」
「知りたいです!強くなりたいです!!教えてくださいっ!!」
エレンは拳を強く握りしめた。


「へ…、へいちょ…」
エレンはフラフラと、おぼつかない足取りで木にもたれかかった。
目が回ったのだ。
回転することには成功した。スピードも申し分ない。
だが、これでは実践では使えない。
太い木の幹に背中を預けながらエレンはうなだれる。
「これが使えなくても支障はない。自分のやりやすいやり方を見つければいい」
ため息交じりにエレンのもとへ寄りながらリヴァイは言う。
「いえ、覚えたいです」
「そうか…」
「参考までに。目が回らないようにするためには、どう訓練すればいいですか?」
「さぁな」
「え?」
意外な兵長の回答に、エレンは目を点にした。
「じゃあ、兵長はどうやって目が回らなくなったんですか?」
「…目を回したことがねぇ」
「ええっ!?」
今度は大きな目をさらに丸くして、エレンはリヴァイを見つめた。
目を回さない人間なんて居るのだろうか?
いや、現に目の前にいる。
しかし、エレンにはどうしても信じられない。
「逆回転…」
「なんだ?」
「逆に回っても、目を回さないんですか?」
「…どうだろうな?」
そういえば挑戦したことがなかった。
リヴァイは地上にいるまま、回転してみた。
結果---…
「……………」
本人は何事もなかったかのように歩き…、いや、よろよろしている。
エレンの胸元にポスッと倒れこむ。
「兵長、目が回りましたね?」
リヴァイを受け止めながら、エレンはクスクスと笑う。
リヴァイはチッと舌打ちしてそっぽを向いた。
「うるせぇ、たまたまだ」
「そうですね、たまたまですよね」
おそらく、もし、次の同じことをやる機会があるとすればリヴァイは目を回すことはないだろう。
きっと気付かれないよう、訓練するはずだから。
「俺も、今日目が回ったのはたまたまです。次は回しません」
「…そうか」
リヴァイは一言言っただけだった。
エレンは胸の中にいるリヴァイが愛おしくなって、ギュっと抱きしめた。
人類最強が見せたほんの少しの弱点。
次回までには改善されてしまうのだろうけど、それはリヴァイが努力するから。
絶対に俺もできるようになってみせる。
エレンは心に誓う。
「力いれすぎた。クソガキ。殺す気か」
みぞおちに鈍痛が走り、エレンは手を離し、呻く。
見上げた先にいたリヴァイの顔がほんの少しのだけ赤かった。
エレンはそれをみながらほんの少しだけ、口角をあげる。
嫌がられてるわけではないらしい。
「兵長、痛くて死にそうです」
「そうか。死ね」
言い残し、さっさとエレンを置いて古城へ戻ろうとする。
「待ってください。兵長。二馬身以上離れちゃいますよ」
エレンは立ち上がり、ほんの少し、いつもよりゆっくり歩くリヴァイの背中を追いかけた。

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