小説

□キスを100回(未)
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パタパタと暖かな風が吹く。
エレンは、大きくはためくシーツを一気に取り込んだ。
たっぷりお日様の光を浴びたそれは、とても気持ち良さそうに、真っ白だ。
「やぁ、エレン。今日も、精が出るね」
「あ、エルヴィン団長。お疲れ様です。何か、書類に不備でもありましたか?」
「いや、今日は、ちょっと通りかかったので、寄らせてもらった。」
言いながら、一つの袋をエルヴィンは手渡した。
エレンが中身を覗くと、そこには真っ赤な林檎がはいっていた。
「美味しそうですね。ありがとうございます」
今でもまだ手に入れることの難しい果物に、エレンの頬も緩む。
「兵長に…、リヴァイさんに、会っていきますか?」
「いや、今日はやめておこう。よろしく、伝えてくれるか?」
「わかりました。これ、早く持って行きたいので、失礼しますね」
「あぁ」
エルヴィンが頷くのを確認すると、大きなシーツと林檎を抱え、エレンは古城の中へと戻っていった。
その背を手を振り、見守るエルヴィン。
「あれから、15年、経ったのか」
街の外に、壁はない。
巨人の駆逐に成功した人類は、徐々に壁外へと移住も開始している。
多くの兵士の犠牲の上に、成り立った平和。
リヴァイもまた、その一人といえるだろう。
15年前のあの日から、眠ったまま、目を覚ますことはなかった。


「兵長、今日はエルヴィン団長が林檎を持ってきてくれたんですよ」
大荷物を抱えながら、部屋の扉を開けると変わらずベッドで横になり眠るリヴァイの姿。
リヴァイの部屋には塵一つ落ちてはいない。
リヴァイの部屋だけではなく、この古城全て、エレンの手によりピカピカだ。
それは全て、目の前で眠る愛しい人のため。
潔癖症な彼が少しでも機嫌良く、気持ち良く過ごしてもらうため。
リヴァイを抱きかかえ、シーツを取り替える。
15年も眠ったままで、すっかり軽くなってしまった身体に、エレンの顔がほんのり曇る。
でも、エレンは気付かないふりをした。
「ねぇ、リヴァイさん。俺、30歳になったんですよ」
横になったリヴァイの手に自分の指をからめる。
リヴァイの姿は15年経った今も筋肉が落ちた以外は昔のまま、何も変わらない。
「もう少しで追い越しちゃいますよ。もう兵長にクソガキなんて言わせません。
あ、俺、調査兵団の兵士長補佐になりました。兵士長はリヴァイさんのままです。
先日、調査兵団は海を見たそうです。どこまでも続く水で、しょっぱくて、中には魚まで泳いでるんですって。
人より大きい魚もいるそうですよ。」
エレンは話す。何時ものように。
返事がなくとも。
「ね、世界は広くて色々あるみたいですよ。一緒に見たいですね…」
エレンの瞳から涙がこぼれた。
ポツリと、リヴァイの手を濡らす。
かつて、エレンの涙を拭ってくれたその手は動かない。
声が聞きたい。
それは怒声でも構わない。
眉間にシワよせながら、睨みつけるその瞳に映りたい。
ポスッと、リヴァイの胸に頭を乗せる。
「ね…、だから、目を開けてください」
エレンは静かに瞳を閉じた。

カタン…
リヴァイとエレン、2人しかいないはずの古城に、音がした。
誰かいる?
エレンはリヴァイから離れ、扉の方へ向かった。

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