小説

□女の嫉妬は怖いよ
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「エレン、今日夜会に行くぞ」
「へ?」
突然のリヴァイの言葉に、エレンは床を掃いていた手を止めた。
夜会といえば、金持ちのお嬢様や殿方と食事やダンスをするもので、まったく時間と金の無駄遣いとしか思えないが、常に金欠な調査兵団としては、資金調達の繋がりを作るため、無下に断るわけにもいかない。
そこには、日常では口にできないような高級な食材が使われているため、誰でも行けるわけではなく、調査兵団の中でも団長や幹部たちが赴いていた。
もちろん兵士長であるリヴァイはその対象だが、新兵であるエレンに声がかかることはまずない。
しかし、もし、巨人になる少年に興味を持ったのだとしたら?
行きたくない。
エレンは顔を曇らせた。
「せっかくですが、お断りしま…」
しかし、エレンは最後まで言葉を紡ぐことはできなかった。
有無を言わさず、腕をつかまれたためだ。
「支度しに行くぞ」
「え?いや、兵長。俺、行きたくな…」
「上官命令だ」
「あ………そう、ですか」
そう言われてしまうと、エレンは何も反論できない。
エレンの想いは届くことなく、箒がエレンの手から滑り落ち、カランと音を立て倒れた。


そして、数刻。
「兵長、これはどういうことです?」
エレンは己の身を包むドレスをギュっと握りしめた。
頭にはウイッグをつけ、顔には化粧を施してある。
「ほう。悪くない」
髪を固め、スーツを着たリヴァイは、目の前にいるエレンを見て満足げに微笑んだ。
その笑みを見たエレンの顔が赤くなる。この言葉はリヴァイの褒め言葉だ。
「あ…、ありがとうございます」
つい、礼を述べたエレン。
いやいや、ちがう。そういうことじゃなくて、どうして自分は女装なんだ?
エレンが再び口を開こうとした、その時。
コンコン
その時、扉を叩く音がした。
中へ入ってきたのはハンジだ。
「リヴァイ〜、用意できた?お、エレンもできたんだね。
なるほど。もともと中性的な顔立ちだもんね。女に見えるわ。
これで虫除けになるね」
虫除け?
ハンジの言葉に一瞬は首を傾げたエレンだったが、考えてハッとする。
「もしかして、俺は兵長の女性除けなんですか?」
前に夜会に行った際、リヴァイはメチャメチャ不機嫌だった。
理由は、リヴァイを狙う女達にベタベタ触られたから。
リヴァイは30歳という年齢でまだ独身。目つきは悪いが顔立ちは整っているし、鍛えられた筋肉で覆われた身体は逞しく、さらに人類最強とまでいわれる実力も伴う男だ。
これを女達は放っておくはずがない。
しかし、潔癖症のリヴァイはたまらない。金づるに無下な態度も取れず(冷たくはしているが相手に通じない)今回、防御壁としてエレンに白羽の矢が立ったということか。
「最初からそう言ってくれたらいいのに。俺、リヴァイ兵長のお役に立てるよう頑張ります」
理由が分かりエレンはやる気になった。
「…女性除けにはなるけど、なんとも心配だね、リヴァイ?」
「うるせぇ」
ハンジのからかいにリヴァイはため息をついた。


初めて見る夜会の煌びやかな衣装や料理に、エレンは空いた口が塞がらない。
こんなデカイ肉食べたことないし、見たことないしフルーツもゴロゴロある。
エレンの口からヨダレが垂れ…
「おい、その顔やめろ」
「あ、すいませ…」
謝ろうとしたエレンの口元に人差し指が置かれる。
おっと、そうだった。
エレンは慌てて口を塞ぐ。
見た目は女に化けても、声まではそうはいかない。
今日は声が出ない設定だ。
「ちょっと待ってろ」
リヴァイの言葉に、エレンは首を傾げると黙って頷いた。
一人残され、待つことしばし。
戻って来たリヴァイの手には皿にのった、てんこ盛りの料理。
それをエレンにずいっと差し出した。
「食え」
エレンは少しうろたえる。
自分は、兵長の虫除けに来たのであって、食事では…。
「構うな。せっかく来たんだから豚野郎共から融資してもらえ」
エレンは、そういうことならと、皿の料理に箸を伸ばした。
なんだ、これ。
口いっぱいに広がるジューシーな肉の旨み。こんなに厚いのにとろけるような柔らかさ。
ちくしょう。俺らが壁外で巨人と戦っている間にこんなものをあいつらは…。
駆逐してやる!すべて。
エレンは食事に対して、ターゲットをロックオンした。
「おい、ついてるぞ」
言うと、リヴァイはエレンの口の端についていたものをひょいっとつまんでパクリと口に入れた。
っ、兵長!潔癖症どこに置いてきたんですか!?
そのあとリヴァイが優しく笑うものだからエレンは顔を赤くする。
食事も忘れそうになるほどの破壊力だ。
つい箸が止まってしまう。
「どうした?食わないのか?」
絶対わかってやってる。
エレンはリヴァイにからかわれているとおもい、気を取り直して箸を伸ばした。
そして自分の口に入れる…つもりだった。
料理をつかんだその手をリヴァイに奪われ、そのままリヴァイの口の中に消える。
周りにはエレンがリヴァイに対してあーんをしたように見えたことだろう。
しかし、エレンはそれどころではない。
これ、間接キスじゃん!
エレンはその場にへたり込んだ。


「リヴァイ、ちょっといいか?」
ずっとエレンのそばにいたリヴァイだったが、団長に呼ばれては行かないわけにもいかない。
「ここで待ってろ」
言い残し、去って行く。
エレンは一人残され、壁際に立っていた。
離れても、遠くても、つい、目で追ってしまう。
強くて、格好よくて、口はわるいけど優しくて、人類最強だし。
そのリヴァイに迫る女性の姿を見てしまい、エレンは目をそらした。
なんだ、リヴァイさん。笑ったりしちゃって。まんざらでもないんじゃん。
リヴァイの役に立てるならと来たものの、俺って、逆にお邪魔虫なんじゃねぇの?
その時
パシャ
エレンの服に冷たい染みができる。
「あ、すいません」
慌てたように、ひとりの女性がエレンに駆け寄る。
どうやら彼女の持っていた飲み物がエレンに引っかかったらしい。
エレンの青いドレスが赤く染まっている。
エレンは手を横に振り、気にしないで下さいと、ジェスチャーで伝えた。
しかし、女性は自分ポケットからハンカチを取り出すと、ドレスにあてて拭き取る。
その高級そうな白いハンカチが、 赤く染まる。
いやいや、大丈夫ですから。
エレンは必死に訴えた。
「落ちないですね。すいません、水道まで一緒に行ってくれますか」
言いながら、女性はぐいっとエレンの手を掴んだ。
いや、俺ここで兵長を待たないと。
そう思い抵抗しようとしたエレンの視界に入ってきたのは、女と密着するリヴァイの姿だった。
エレンは抵抗するのをやめて、大人しくついて行った。
この場所に、いたくなかった。
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