novel

□Method of love
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道場に響く木刀がぶつかる音と気合の掛け声。

真選組の定例早朝稽古が行われていた。
近藤・土方はそれぞれ隊士達と手合わせをしている。沖田は、面倒なのか壁際に座り込み、アイマスクを着けて寝ていた。
その中で防具も身につけず歩き回る人間が1人。
隻腕の伊東だ。
隊士達の動きを見て、的確なアドバイスをしていた。
ある者には
「君は僅かだが体軸が右に傾いている。斬りかかる際に1度体勢を整える為初動が遅れるよ」
と。
また別の者には
「君は大振りすぎる。体力を消耗する上に懐に入られやすい。命取りだ」
と。
隊士達が礼を述べる暇もなく、次々と隊士達の側に行ってはじっと見つめて2・3言残して去っていく。
アドバイスを受けた隊士達は稽古をすることも忘れ、伊東の後ろ姿を羨望の眼差しで見つめる。
「流石だよなぁ、伊東さん。見る目が違ぇ…」
「北斗一刀流はダテじゃねぇってことかぁ」
「片腕なのが惜しいぜ」
「「「なぁ〜」」」
全員がうんうんと頷きあっていると、突然怒号が聞こえた。
「伊東先生よぉ、あんた毎度毎度偉そうに言いやがって!そんなに強いのかよ?」
無駄話をしていた隊士達が驚いて声の方向を見ると、伊東のアドバイスが納得できなかった隊士が食って掛かっていた。
他の隊士達も稽古の手を止めてそちらを見る。
この隊士は、この春の隊士募集で集まった新人だった。
今にも胸倉を掴む勢いの新人隊士に対して、伊東は飄々としたものだ。口元に笑みまで浮かべている。
「どうかな?少なくとも君よりは強いことは確かだよ」
その言葉と態度に隊士は顔を真っ赤にして更に怒鳴る。
「だったらよぉ、手合わせしてもらおうじゃねぇか!」
一連の話を聞いていた隊士達はざわめいた。
「おい、やめろ」
見兼ねた土方が伊東と新人隊士の間に入った。
「つまんねぇことで口動かす暇があったら身体動かせ。現場で死にてぇのか」
強く言い放たれた新人隊士は、小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「アンタ、この男と付き合ってんだろ?流石の副長さんも惚れた相手は庇うってか!?そりゃそうだわなぁ。惚れた男の負けるところは見たくねぇよなぁ!」
隊士達が皆知っていてもあえて口に出さない言葉を、新人隊士は容赦なく口にした。隊士達が青褪め土方の様子を窺う。
土方が眉間に皺を寄せ、隊士に向き直ろうとするのを伊東が制止した。
伊東の表情は笑顔のままだが、明らかに先程と眼つきが違っている。
「立場を弁えたまえ。彼はこの組織の副長だ。君程度の者がその様な口を利いて只で済むと思っているのか?」
『君程度』という言葉が相当頭にきたのか、再び顔を真っ赤にした。口をパクパクさせて何かを言おうとするのを伊東の言葉が遮った。
「いいだろう。受けて立つよ。手合わせしよう」
「伊東!」
「いいじゃないか、偶には僕が稽古をつけても。それに…」
伊東はそれまで刻んでいた笑みを消し、眉間にギュッと皺を寄せ、隊士を見据えた。
「君を侮辱することは真選組を侮辱することだ。ここに居たいのであれば心根を入れ替えてもらわねばなるまい」
持っていてくれ、と眼鏡を外し土方に渡し、木刀を取り上げる。
「殺すつもりで来たまえ」
周りで様子を窺っていた隊士達が一斉にわっと騒ぎだした。
「止めろ!おいっ近藤さんからも何か言ってくれ」
だが近藤は笑いながら土方の肩を叩いた。
「まぁいいじゃないか。先生が負けるとも思えん。それに先生の実戦を見ていない隊士も多い。実力が分かれば目標が出来て励みになるさ」
近藤にこう言われては土方には返す言葉がない。仕方ない、と大きく溜息を吐いた。
「…一本勝負だ。審判は俺がやる」
土方が再び伊東と隊士の間に立った。
2人が距離をとり構える。
新人隊士は伊東の物言いが余程気に入らなかったのか、ギリギリと奥歯を噛み締め本当に殺しかねない形相をしている。
対する伊東は、飄々としていた。
だが、土方が合図をする為に右腕を上げた瞬間。
一気に伊東の纏った雰囲気が変わった。
殺気とは正にこういう事を言うのだろう。己の間合いに入った人間は全て殺す。
静まり返った道場で、それを肌で感じた周囲の隊士達は、皆一様に鳥肌が立った。感嘆の声を上げる者までいた。
「始め!」
土方の掛け声と同時に新人隊士が雄叫びを上げて動き出した。
木刀を大きく振り上げ、力いっぱい伊東の脳天に振り下ろそうとしたが、それは叶わなかった。
隊士は冷や汗を流しながら木刀を振り上げたまま硬直している。
隊士の喉元には寸前で止まった伊東の木刀があった。
「そこまで!」
土方が掛け声をかける。
「何度も助言しただろう。君は身体を緊張させ過ぎる。それでは思う様に動くことは出来ないよ。君は君が体感しているよりずっと動きが鈍いことに早く気付きなさい。加えて集中力が無い。よく覚えておきなさい」
伊東はゆっくりと木刀を下ろし、隊士と距離を開けた。
伊東が離れると、気が抜けたのか、隊士は木刀を落としその場にへたり込んだ。
再びワッと隊士達が騒ぎ始める。彼方此方で伊東への賞賛の言葉が飛び交う。最早稽古どころではなかった。
土方が怒鳴った。
「もういいっ今日の稽古はこれで終わりだ!テメェら後片付けしろ!」
隊士達は土方の声に気付くことなく伊東の周囲に集まり騒ぎ続けている。
ふと、忘れていた記憶が蘇り苦々しい気持ちになった。
あの時も伊東は勝ち誇った顔をしていた。
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