novel2

□夢のマイホーム
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「なぁ〜」
文机に頬杖をつき、天井を眺めながら土方は伊東に声をかけた。
対する伊東も、読んでいる本に視線を落としたまま返事をする。
「ん?」
「何か、数字言え」
「は?」
唐突な問いかけに、そこで初めて伊東は視線を土方に投げた。
土方は伊東に背中を向けたまま、鉛筆の背で頭を掻いている。
「何をしている?」
「別に何だっていいだろ」
さっさと答えろ、と土方は催促する。
訝しんだ伊東は、本を閉じて土方に近づくと、上から覗き込んだ。
「十四郎?」
文机の上には、数字が印刷されたカードが数枚散乱している。
突然視界に伊東が入ってきたので、土方は慌ててカードを纏め、両腕で隠した。
「それは何だ?」
「何でもねぇよ!」
伊東は、赤い顔をして俯く土方の顎に手をかけて持ち上げると、瞳を覗きこんだ。
「僕に隠し事か?」
土方は言葉を詰まらせる。
「何?」
伊東の真剣な表情に、答えなければ何時までもこの状態が続くと判断した土方は、プイっと顔を逸らし、ぶっきらぼうに答えた。
「宝くじだよ」
「宝くじ?金に困っているのか?」
「そーじゃねーけど…」
「では、どうして?」
伊東は土方の隣に座り問い質した。
理由を訊かれて土方は困ってしまった。
別に疚しい訳ではない。
だが、自分がどんな願いを込めて宝くじを買おうとしているのかを言うのは、とても恥ずかしかった。
土方が黙ってしまったので、伊東は文机のカードを取り上げて見た。
「成程。好きな数字を選ぶのか。当選すれば相当な額になるのだろう?家でも買うつもりか?」
その言葉に、土方は身体をビクリとさせ、勢いよく伊東に向き直った。
「なっ何でっ!?」
「は?」
「何で分かった?」
「え…?家を、購入するのか?本当に?何故?」
適当に言った事が的を射ていたので、伊東も酷く驚いた。
土方は片手で顔面を押さえ天を仰ぐ。
「テメェ、カマかけやがって!」
「いや、僕は只適当に…」
土方は、勘がいい野郎だ、と呟いて、伊東へ身体を向けた。煙草に火を点けて、ゆっくりと煙を吐いた。
「老後にな、住む家だ」
「老後…」
「いつか真選組退職する日が来んだろ。そん時他所に住むとこなかったらどうすんだ。困るだろーが」
あぁ、と伊東は得心しかけたが、直ぐに疑問が湧いた。
「どこか借りればいいだろう?」
土方はとても嫌そうな顔をした。
「テメェはどんだけ坊ちゃんなんだ!?家賃が勿体ねぇだろ。だったら手っ取り早く宝くじでも当てて買った方がいいじゃねぇか」
「そう、なのか?」
そうだよ、と土方は答えて、再び文机に向き直った。
「さっさと何か数字言いやがれ」
煙草を揉み消して、土方はせっせと数字を選び始めた。
その姿を見て、伊東は微笑んだ。そして、背中から抱きつく。
「っ何だ!?」
「猫を、沢山飼おう」
「あぁ?」
「その家、僕の居場所はあるのだろう?」
土方は目を見開く。少し逡巡した後、ボソリと呟いた。
「餌代はテメェ持ちだ」
「分かっている」
「世話もテメェがするんだぞ」
「当然だ」
「後は…後はだなぁ…」
土方の言葉を遮るように、伊東は宝くじのカードを指差した。
「数字を言うよ。10、4、6だ。僕の大好きな数字だ」
突然言われたので、土方は慌ててその数字を塗り潰す。
「10と4と6だな」
「そう、君の名だよ。十四郎。大好きな、大好きな君の名前だ」
言われて土方はハッと気付く。確かに、自分の名前と同じ数字だ。
伊東は尚も名前を連呼する。
あまりの恥ずかしさに、土方は真っ赤になって振り向き、伊東の顎を掴んだ。
「止めねぇか!」
「痛いよ、十四郎」
伊東はそれでも笑っていた。
その笑顔を見た土方も、何だか可笑しくなり、顎から手を離した。
「おら、別の数字も言え」
「これで全てだ」
「ちったぁ考えろ」

夢が膨らむひととき…。

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