novel2

□貴方の為だから(*)
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師走。
坊主が走るほど忙しいと言われることから付けられた12月の別名。
それは真選組も例外ではなくて…。

土方の怒号が響き渡る書庫で、休日返上の大掃除が行われていた。
「もうこんな時間かよっおいっ!2番隊、3番隊は巡回行け!戻ってくる奴等には、ここに来るよう言っとけ!」
土方が叫んだ。
日も差さず、埃が舞っているその場所には、大量のダンボールと書類が積まれていた。
隊士達は機嫌が悪い土方に怯えながら仕事をしつつ、それでも無駄口を叩く。
「副長、機嫌ワリィ…」
「何かあったのかぁ?」
「あの人今日オフだよなぁ?休んでりゃいいのによぉ…」
チラチラと土方を見ながら話しているところに、沖田が近づいてきた。
「どうしたんでぃ?」
隊士達は縋りついた。
「沖田隊長、副長何とかしてくださいよ。おっかなくて仕方ねぇ!」
沖田が土方に目を遣ると隠れてバドミントンの練習をしていた山崎を目敏く見つけ、尻を蹴り上げていた。
「あぁ、ありゃアレでぃ」
沖田が視線を向けた先。
釣られて他の隊士も目を送るとある部屋に行き着く。そして、隊士達は盛大に溜息を吐いた。
「「「そうでした…」」」
そこは真選組公認の土方の恋人のである伊東の部屋。
伊東は1週間の予定で出張に出ている。戻るのは明日12日だ。
「要するに、その…言い難い事ですが…つまり…」
言いかけたが流石に言えなかった。何故なら…。
「欲求不満だって言いてぇのかぃ?」
沖田がストレートに言ったので隊士達は慌てた。
「隊長、そんなはっきり言うのはちょっと…。せめて寂しいとか何とかあるでしょう!?」
「あのヤローが寂しいなんて言うツラ、俺ぁ見てみてぇもんでぃ」
沖田はしゃがみこみ、書庫から出してあるダンボールを漁って何かを探し始めた。
そこに再び土方の怒鳴り声が響く。
「山崎ぃ、罰としてこれも持ってけ!」
山崎は青褪めていた。
堆く積み上げられた書類。前が見えない。
「落としたら、切腹な」
ヒィっと小さな悲鳴を上げて、恐る恐る山崎が持ち上げる。
バランスをとりながらゆっくりと、山崎は沖田達の居る場所へ向かって来る。
勿論、山崎には座り込んでいる沖田の姿は見えない。
右に左にブレながら歩いてきた山崎に、沖田は容赦が無い。
すかさずその足元へダンボールを滑り込ませた。
派手な音と、聞くに堪えない叫び声を上げて山崎は盛大に転倒した。
当然手にしていた書類は紙吹雪の如く宙に舞っている。
廊下にうつ伏せになっている山崎に、沖田は全く心のこもっていない謝罪をした。
「山崎いたのかぃ。わるぃわるぃ」
山崎を見ることすらしない。沖田の視線は、山崎が舞わせた書類に向いている。
1枚ずつ中身を見ながら拾っていくと、お目当ての書類が見つかった。
「山崎っ俺が言ったこと覚えんてんだろーな!」
眉間に深い溝を作り、にじり寄る土方に、山崎は後ろ手で後退りした。
他の隊士達は巻き添えを食いたくないとばかりにその場からサーっと離れてしまった。
土方が刀に手を伸ばそうとした時、沖田が土方の目の前に1枚の書類を翳した。
「はい、土方さん。あげますぜぃ」
「んだこりゃ!」
「アンタの欲求不満で当たられたんじゃたまったもんじゃないんでね。これ眺めながら部屋で大人しくしててもらえませんかねぃ。どうせ今日はアンタ休みなんだから」
土方の顔が見る見るうちに赤くなっていく。
「そっ総悟!言うに事欠いて、よ…欲求不満てお前っ!何を根拠にっ」
「あれ?違いましたかぃ?俺ぁてっきり伊東さんがいなくて溜まってるんだとばかり思ってやしたよ」
だからコレ、と沖田は再び見つけ出した書類を土方に見せた。
土方は目を見開く。
この書類は真選組に入隊する際、何処の誰なのかを申告する為の、所謂履歴書だ。
そして、その書類を書いたのは…。
『伊東鴨太郎』
随分と懐かしいものが出てきたものである。
貼られた写真はまるで別人のようだ。知的ところは変わらないが、髪が長く野心が剥き出しだ。
だが、写真とはいえ1週間ぶりの伊東の顔に、土方は何となく心臓が高鳴る。
「ここは俺がやるんでアンタはプレゼントでも考えてくだせぃ」
「プレゼントだぁ?」
突然の提案に土方は訝しい表情を浮かべ、書類を受け取りながら沖田を見る。沖田は呆れていた。
「なんでぃ、恋人の誕生日も知らねぇなんて、伊東さん悲しむでしょうねぃ」
「誕…生…日!?」
土方は慌てて書類に目を走らせた。名前の横、確かに12月13日と書いてある。
愕然とした。
「アイツ、何も、言って無かった…」
「当たり前でさぁ。自分から言ったらプレゼント強請ってるようなもんだ」
まさか知らなかったんですかい?と沖田は再度呆れた。
「フォロ方の名前が泣きますねぃ」
「そんな名前になった覚えはねぇ!」
そう言い放つも、土方の目は書類に落とされたままだ。
無言になった土方を、沖田と床に這いつくばったままの山崎が見ている。
総悟、と土方は声をかけた。
「ここ、やっとけ…」
誰にも目を向けることなく、土方は自室へと戻ってしまった。
後ろ姿をその場の全員が見送る。姿が見えなくなると、隊士達は安堵の息を洩らし駆け寄った。
「沖田隊長、ありがとうございます!」
「やったぜ、これでのんびりやれるぞ!」
「テキトーに終わらせようぜ」
ワイワイ騒いでいる声を掻き消すように、沖田の声が響き渡る。
「おめぇら、この恩はしっかり返してもらうぜぃ」
へ?と隊士達が沖田を見ると、沖田は視線を土方が消えた方向に向けたままニヤリと笑っていた。
(((何か思いついた…)))
全員が嫌な予感がした。
この顔はドSモードに入っている。
「さて、役割分担といくかねぃ」
沖田は目を輝かせる。
土方に怒鳴られるのとどちらが良かったのか…。
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