短編
□眠り姫の誘惑
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かさり、草葉を踏みしめ雑木林の奥へ進むと、開けた場所に辿り着いた。そこには既に人がいて、黒い棺桶の縁に手を触れていた。
この日を、この時をどれだけ待ち続けていたか。背中を向けられて顔は見えないが、穏やかな表情をしているのは空気でわかった。
沢田綱吉、小さく呟くと、相手にも聞こえたのか小さく肩が跳ねた。
「貴方は、つくづくあまい人間ですね…」
姿を確認して開口一番に溜め息をつきながら、骸は傍の木にもたれかかった。まるで安心したかのように、肩の力を抜いて。
「俺らしい、って言ってくれよ」
骸に背を向けながら、その声は少し楽しそうな、少し嬉しそうにも聞こえた。その声に、骸はうっすらと笑みを浮かべて、穏やかな空を仰いだ。良い天気だ、と。
棺の縁に腰を下ろして、綱吉は棺の中の白薔薇に視線を送った。
真っ白に何の汚れもないこの薔薇の中に、自分は眠っていたのだ。白薔薇は木漏れ日とともにキラキラと光っていた。
「…俺、思うんだ」
「何をですか?」
綱吉の言葉に骸は視線を綱吉に戻して続きを待つ。一つ息を置いて、綱吉は淡々と話始めた。
「何かが欲しいと思って行動して、でも、それでも手に入れられない時は、まだ自分に受け入れる準備が出来ていないってことなんじゃないかな、って」
今回の教訓、と綱吉は白薔薇の花弁にそっと触れ、目を細めた。その何気ない動作が酷く懐かしくて、骸は一歩だけ歩を進めた。今すぐにでも、抱き締めたくて。今すぐにでも自分のものにしたくて。愛しいと、その髪にも触れてみたかった。
そんな骸にうっすら微笑んで、綱吉は白薔薇を一本すくい上げて、骸に向かって投げつけた。
骸はそれを自然な動作で受け取り、やっとこちらを向いてくれた、と久々に見る生気のある綱吉の顔を、懐かしむように愛しむように見つめた。
綱吉は優しい笑みを浮かべながら、更に続けた。
「――全てを、全てを受け入れてこそ、欲したものを手にすることが出来るんじゃないかな」
その真意は骸に向けられたのか。骸は、それはどういう意味で?と問い掛けようと口を開いたが、言葉を発する前に、目の前にいた綱吉が懐に突っ込んできた。
ふわりと鼻を擽るのは薔薇の甘い香り。あれほど望んでいたものが目の前に、自分の懐に抱き付いていることに驚愕して、骸は言葉を無くした。