短編集

□気付いて欲しい、この想い
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「初めまして、セナちゃん。僕、悟天!孫悟天だよ」

「・・・・・・は、初めまして。セナです」

「知ってる!よろしくね!」


確か、彼は私の手を取りながらそう言ったはず。登校時間ピーク時の廊下で。

それから、始まったんだったかな・・・





「セナちゃーん!おっはよー!」


ぎゅむ、急に背後から抱き締められ(羽交い締めとも言う)頭で誰かを考える必要もなく、彼を確認する。

もう慌てることもない。一応、形式だけの抵抗をして、身体に巻き付いている腕を剥がそうとする。

もちろん私の力なんかじゃ、彼を引き剥がすことなんてできない。


「おはよう悟天君、ココ廊下だよ」

「解ってるよ、今日も可愛いねセナちゃん」

「うん、全然何が解ってるのか解らないね」

「あれ、セナちゃんシャンプー替えた?」

「なんでそういうのは解るのかな」


呆れたような声だと自分でも分かるほど、威勢のない返事だった。何処か疲れているようにさえ思う。

もうなんだか毎朝恒例のコレにも慣れちゃったけど、本当はおかしなことなんだよね。ほらだって、周りの人の目が痛いもの。

一番困るのは、彼を邪険に扱えないこと。別に嫌いな人ではないし、「触るな」なんて言えない。

でも、そういう関係ではない男女がこういうスキンシップをするものだろうか。友達同士でも普通にやるのかな。


「悟天君、君の教室はそこでしょう?」

「うん。でもセナちゃんの教室はこっちでしょ」

「・・・そうだけど」

「教室まで・・・ううん、席まで送るよ!」

「こんな短距離を送る必要あるのかな」

「あるある!」


背中にぴったりとくっついたまま私の教室へ入って行き、迷わず私の席まで辿り着く。あれ、なんで私の席知ってるの。

だいたい彼は隣のクラスであって、私とは面識がないはずだった。気付いたらこうなっていたのだ。

世の中は不思議なことばかりだ、うん。


「じゃ、帰りも迎えに来るからね」

「うん。・・・・・・うん?」

「え、お昼御飯も一緒に食べたい?」

「いや、言ってないから」


帰りもって何、帰りもって。一緒に帰ろうってことかな。というか、朝だって待ち合わせして一緒に行ってるわけじゃないのに。

私の席まで送ってくれるなんて今日が初めてだった。帰りも一緒、なんてことも初めてだ。

なんでこんなに私に関わろうとしてくるのだろう、何もいいことなんてないのに。


「あっはは!そこまで束縛する気はないよ」

「そくばく・・・?」

「あ、でも一緒にランチするのは、僕としては嬉しいというか・・・むしろお願いしますというか・・・」

「悟天君、予鈴が鳴ってるよ。遅刻扱いになっちゃうよ」


わっ、ヤバい!慌てて自分の教室に向かって駆け出して行く。去り際に私の頭を撫でていってから。

抜かりないなぁ・・・と何処か他人事のように私は思った。

いつも通りの授業を終えて帰りのホームルーム中、すでに教室のドアの所に彼が待っていた。

目が合うと微笑みながら手を振ってくれた。無視するのも申し訳ないので、小さく手を振り返した。

目の前で先生が一つ、咳払いをした。あー・・・私の席、一番前だった。


「なんか、ごめんね・・・待たせちゃって」

「ううん、全っ然!むしろ先生の話の熱心に聞くセナちゃん可愛かったよ」

「うーん、熱心に聞いてたわけじゃないけど・・・」


ちょっと痛い視線が私に集中する中、先生の話が終わると私は急いで悟天君の元へ向かった。

彼はいつも通り、何が楽しくて何が嬉しいのかニコニコと満面の笑みだ。訊いたらどんな答えが返ってくるかは検討がつく。

私達は上履きからいつもの靴に替えて校舎を出た。一人で歩いてる人は少ないけど、男女のペアで歩いてる人達の方が少ない。

やっぱり、少し視線が痛かった。


「悟天君、こういうことしてると、私と勘違いされちゃうよ?」

「え・・・セナちゃん、それ本気で言ってる?」

「・・・え?」

「そんなの今更だよ!・・・やっぱり、気付いてなかったかー」

「え、え、なにが?」

「僕は、セナちゃんと勘違いされる方がいいのっ」


悟天君の答えに私は首を傾げた。そういった勘違いをされると、困るようなことしかないのに。

彼にとっては何かメリットがあるのかもしれないけれど、あまりよくない噂だって立つだろう。

私の表情を見て、意味をよく理解していないと悟ったらしい。隣に歩いていた彼は私の目の前に立っていた。

ちょっと童顔だけど、たぶんこの人は、カッコイイ部類に入るんだと思う。そういうのに疎い私は分からないけど。


「あのさ、セナちゃん。僕は君のことが好きなんだ」

「・・・ん?」

「だからね、僕はセナちゃんのこと、一人の女の子として好きなの」

「は・・・?」

「一目惚れでさあ・・・可愛い子だなって。それで観察してみたら優しい子だし!もうセナちゃんしかいないってね」

「・・・・・・」

「いやあ・・・流石にココまですれば気付くと思ったんだけどなー。意識してくれることを願ってたんだ、け、ど・・・」

「・・・・・・っ」

「え、セナちゃん、えぇっ?」


かああっと体温が上がり、頬が火照る。今の私は林檎みたいに真っ赤だろうな。

だってしょうがないよ、こんなこと、言われたことなんてないもん。

私の異変に気付いたのか、悟天君は喋るのを止めておろおろし出した。


「え、照れてる?セナちゃん、照れてる?」

「・・・だって、そんなの、狡い」

「嘘、嘘、嘘だ!僕なんて眼中になさそうだったのに!」

「・・・悟天君の方だって、私のこと、小動物的なものとしか見てないかと」

「そっち!?そっち方面に考えてたの!?」


僕の作戦は失敗だったかー・・・と頬を掻きながら呟く悟天君は、顔が少しだけ赤みを帯びていた。

たぶん私よりはマシな感じがする。慣れてそうだな、現実逃避気味にそう思った。


「あーもうっ、ほんとに可愛いなセナちゃんっ!」

「わっ、悟天君!?」

「こんなん、我慢できるわけないよ!」


ぎゅっ、と真正面から抱き締められて更に体温が上がった。どうしよう、顔から湯気が出そうだ。

いつもは後ろから抱き締められていたから、なんだか新鮮だった。そっと無意識に腕を彼に回していた。

彼に比べればとても弱い力だったけど、確かに私は悟天君を抱き締め返していた。


「セナちゃん、それ・・・自惚れていい?」

「・・・自惚れ?」

「・・・・・・ほんっとにもおおお!好きだセナちゃん!」

「うん。ありがと」

「ねえ、自惚れちゃうよ!?そういう意味、ってことでいいの!?」

「・・・うん」


小さく小さく、彼の腕の中で呟いた言葉はしっかりと悟天君の耳に届いていたようだ。

ふわり、と身体が浮いたかと思うと、私は彼を見下ろしていた。悟天君が私を持ち上げたのだ。


「やった!嬉しい・・・幸せだ。大好きだよ、セナちゃん!」


私も嬉しいし幸せだけど、ココ・・・道のド真ん中だよ悟天君。





fin.

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