短編集
□すべてすべて口実なんです
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「こんにちは、トランクスさんっ」
「こんにちは、セナさん」
甘く優しい声に反射的に答える。にっこりと微笑みを湛え、ぺこりと一つお辞儀をする女性。
セナさんは近所に住む俺と同い年くらい(年齢を尋ねるのは気が引ける)の女性だった。
買い物帰りの彼女が買い物袋が破けて品物をぶちまけたのを、たまたまその場にいた俺が助けたことから知り合った。
あの時、恥ずかしそうに謝ってお礼を言ってたっけ。その表情に見惚れてしまったことを今も鮮明に憶えている。
最初はお礼にと言ってお茶に誘われた。それ以来、よくお茶に誘ってくれたり、差し入れをくれたり…
本当に真面目で、まめな人だ。
「あのっ、この間、お買い物に付き合ってもらっちゃったから・・・」
「え!?そんな、俺が勝手に着いて行っただけなのに・・・」
「で、でもでもっ、荷物を持ってもらったし・・・」
ぐっ、と手渡されたのはケーキならワンホールくらい入りそうなバスケット。隙間から覗くと、中身はパイのようだった。
本当に、本当に真面目な人だ。顔を赤らめて、顔にかかる髪を耳にかけて照れ隠しをする彼女は、とても魅力的だった。
俺がセナさんに会いたいがために、見かける度に声をかけているだなんて・・・彼女はきっと気付いていない。
「ご迷惑なら、捨てちゃって下さい・・・」
「いやいやいや!迷惑だなんて・・・セナさんの手作りの物は、とても美味しいですよ」
「トランクスさんにそう言って頂けると、お世辞でも嬉しいです・・・」
「お世辞なんかじゃないですよ。あなたの手料理なら毎日でも食べたいくらいですから」
「・・・えっ」
「・・・・・・あ」
しまった、つい本音が。今まで咽喉まで出かかっても、なんとか呑み込んでいた言葉が飛び出てしまった。
確かに、この恋心はそろそろ自分の胸の内に秘めておくには限界が近付いていた。それが今、出かかったのが自分でも解る。
「わ、私もっ、その・・・トランクスさんになら、毎日食べてもらいたい、です・・・」
「・・・え?」
「・・・・・・・・・・・・あ」
「・・・・・・その言葉だと、勘違いしてしまいますよ・・・」
「あ、う・・・」
かっと火照る顔を彼女に見られたくなくて、腕で顔を隠した。セナさんの方は俯いてしまった。
顔の前にかかる髪で表情は見えないけれど、少しだけ見える耳が赤く染まっているので想像はつく。
この日はそのまま、別れてしまった。もしかすると、俺は一世一代の大チャンスを逃してしまったのかもしれない。
後悔の念と彼女の言葉とずいぶんと温められてきた恋心とで、心理状態はあまり良いものとは言えなかった。
セナさんから借りた入れ物などは、なるべく早く返すようにしている。だから今日もバスケットを届けるべく、彼女の家を訪ねた。
昨日の今日でまだ気持ちが落ち着いてはいなかったけれど、そんなことよりも彼女に会いたいという気持ちの方が強かった。
「と、トランクスさん・・・」
「こんにちは。バスケットをお返しに・・・」
「あ、ありがとうございます・・・」
彼女の方は明らかに昨日のことを意識しているような様子だ。俺もなるべく平静を装っているけど、少し覇気がない。
駄目だ、格好がつかなすぎる。そのままお互いに黙り込んでしまい、昨日の二の舞状態だ。
・・・・・・ココまで来たら、腹を括るしかない。
「「あのっ、あ・・・」」
「ふ、ふふっ・・・ごめんなさい」
「あ、はは・・・すみません」
セナさんの控えめな笑い声に俺もつられて笑う。少し空気が軽くなったように思える。
お先にそうぞ、と言うと再び頬が赤みを帯びた。そして、意を決したかのようにじっと俺を見つめた。
真っ直ぐに見つめられ、心臓の鼓動が早まる。我ながら、情けない。
「あの・・・トランクスさん」
「っ、はい・・・」
「その、バスケット」
「…はい」
「貴方に会うための口実、と言ったら・・・引きますか?」
「あ・・・の、それって、えと・・・」
おそらく、俺の考えは間違ってないはず。セナさんはまた、黙ってしまった。
彼女は、俺に会いたかったということなのだろうか。もしも、そうであるのなら…
「・・・セナさん」
「・・・はい」
「今度は、俺の買い物に・・・・・・いや、俺とデートしてくれませんか?」
「っ!?」
「迷惑なら、断って頂いても・・・」
「そ、そんなことありませんっ!もちろん、私で良ければ、よろこんでっ」
赤面した顔を精一杯綻ばせたセナさんは、俺の見た彼女の表情の中で一番輝いて見えた。
今度はしっかりと格好をつけて、セナさんに想いを伝えたらいい・・・な。
「私・・・トランクスさんのこと、好きなんです。迷惑どころか、とても嬉しいです」
「な、なん・・・っ、セナさん!?」
「・・・・・・え、わっ、すみません!つい感極まってしまって…!やだもう死にたいっ」
「そんなこと言わないで下さい!俺だって、セナさんのこと大好きなんですから!」
「ええ!?」
「あっ・・・!」
勢い任せな告白は自分達の経験のなさを物語っていた。格好つけるどころか告白の先を越されてしまうなんて。
深呼吸を一つして、もう一度やり直そうと試みた。
「・・・順番が狂ってしまいましたが」
「はい・・・」
「セナさん、俺の恋人になって頂けませんか?」
「はいっ、よろしくお願いします」
晴れて恋人同士になった俺達は、無事にデートも成功させた。
母さんに報告すると、アンタ達まだ付き合ってなかったの?と呆れ声を返されてしまった。
fin.