短編集

□キミを通して世界をみている
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キミが傍にいない時は
世界が違って見える





流行りの歌がそんなようなことを言っていた気がする。大袈裟な、数年前の私ならそう言っていただろう。

今はその歌詞に激しく同感できる。だって、こんなにも世界が味気なく見えてしまうもの。


「はあああ・・・」


恋人であるトランクスは、本来こんな平平凡凡な私のような一般人が手に届くような人ではない。

大企業の御曹司であり次期社長・・・いや、すでに現社長になっているかもしれない。

高校卒業間近となっていた時には会社をよく手伝っていたし、それなりに色々と勉強していたようだ。

中学時代から恋仲の私達はこうしてなかなか会えないながらも、関係が壊れることなく付き合い続けている。

最近は月に一回会えるくらい。けれど、今はもう二ヶ月近く会えていなかった。きっと忙しいのだろう。

私は大学へ行っていて、彼は大企業の社長として会社を引っ張って行っている・・・その生活は天と地との差がある。

それでも私達は気にしていなかった。お互いが何であれ、どんな立場であれ、相手を好きだという気持ちには変わりはなかった。


「・・・・・・悩んでも、仕方のないことだけど」


私は憂鬱な気分を断ち切るために、大学から課された課題を諦めて家の外へ出ることにした。

思考がマイナスな方向に進んでしまっていることをどうにかしたかったからだ。

このままだと、一番考えたくないことを考えてしまいそうで怖かった。


「キミがー傍に、いない時はー♪」


擦れ違った子供が口ずさんでいた歌は、ついさっき私の頭の中で流れていた歌だった。しかも丁度サビ部分。

ああ、ダメだ。悪いことを、考えてしまいそう。子供の歌ったあのフレーズに、私の悪い考えが引き出される。


「せーかいが、違ってー見えるー・・・」


空がいつもより暗い気がする。食べ物がいつもより美味しくない気もする。課題を進める手がいつもより遅いのは確実だ。

彼と一緒にいた時は空はもっと青くて綺麗だった。食事は何を食べても美味しかった。課題も彼と一緒ならすぐ終わった。

世界の色が、ここ最近薄い気さえする。全体的に暗く見えてしまう。

あの子の歌った続きのフレーズと共に、涙も出てくる。


「あーもー・・・ほんと、嫌になるなあ・・・」


彼には私よりも、もっと相応しい人がいる。それは身分のことももちろん、見た目とかのこともある。

数年前までは考えなかったことを、少し大人になってから考えてしまう。お互いを好きなだけじゃダメだ、と思ってしまう。

でも、私だってトランクスを、誰かに盗られるだなんて嫌だ。彼の言葉を信じていないわけではないけれど、不安になる。


「あっれー?セナちゃん」

「あ・・・悟天君」


目の前から歩いて来たのは頬に紅葉を付けた男の子、彼も昔馴染みだ。涙を無理矢理引っ込めておいて良かった。

それでも悟天君はなんとなく私が落ち込んでいるのを察したのか、どうしたの?と優しく問いかけて来た。

・・・君の方がどうしたの、とは言えなかった。


「・・・ちょっと、課題が進まなくて」

「そっかー、大変そうだね」

「・・・・・・悟天君も」

「あっはは、やっぱ目立つ?」


嘘は言ってない。本当は別のことで悩んでいたけれど、悟天君に言ってもどうしようもないし、変に心配かけたくない。

彼は学生時代にずっと応援してくれてた人の一人だから。私達がくっつくのを見守ってくれていた人だから。

そんな悟天君は自分の恋愛は下手なようだ。たぶん彼の自業自得なんだろうけど、ちょっと可哀想だ。

そっ、と彼の頬に手を当てた。


「わっ・・・セナちゃんの手、冷たい。気持ちいいなー」

「ふふ、綺麗な紅葉ね」

「あーあ・・・僕もセナちゃんみたいな彼女が欲しいよ。トランクス君が羨ましい」

「えっ・・・?」

「最近トランクス君ね、セナに逢いたいーセナに触りたいーてっ言ってね、大変らしいよ?」


その内、会社の仕事放り投げてセナちゃんに会いに来ちゃうかもね。ウインク付きで悟天君はそう言った。

それは、彼が私と同じように思っているということだ。それが嬉しくて、不安に思っていた自分が馬鹿らしく思えた。





夕方、空が朱に染まっていく様子を私は机の前から眺めていた。目の前には終わらせなければならない課題が広げてある。

悟天君のあの言葉を信じて、課題は少しだけ進めた。不安な気持ちは少し落ち着いたけれど、逢いたいという気持ちはますます酷くなった。

はあ、一つ溜め息をついて顔を腕に埋める。すると、携帯が震え出した。私は画面を見ることもなく電話を手に取った。


「はい・・・」

「セナ!今、会える?ていうか家にいる?」

「う、うん・・・」

「待ってて!」


相手はトランクス。私の言葉を待たずに矢継ぎ早に言うものだから、私はまともな返事ができなかった。

携帯を切ろうとした瞬間、こんこんっと窓が叩かれた。ドアではなく、窓からトランクスがやって来たのだ。私は慌てて窓を開けた。


「ちょっ・・・ちゃんと玄関から来、きゃっ」

「無理。もう待てない我慢できない」


ぎゅっ、と強く強く抱き締められる。久しぶりのトランクスだ。気付くと私も強く彼に抱きついていた。

それはまるで、逢えなかった時間を一生懸命に埋めるような行為に思えた。


「トランクス、逢いたかった・・・」

「俺もだ。今まで以上にセナのことばかり考えてた」

「ふふっ・・・私なんか、課題が全然進まなかったんだよ」

「俺も、仕事なんて手につかなかった」


お互いの腕を緩めて、顔を見合わせて笑った。二人共、お互いがいなきゃダメなんだと二人で悟った。

ベッドに腰掛け、近況報告をする間もトランクスは私のことをずっと触りっぱなしだった。

手足や頬ならまだしも、ちょっと際どい所まで触って来るものだから話が進まない。


「もうっ、話をちゃんと聞いてよ」

「うん、きいたきいた」

「・・・・・・嘘だ」

「よし、次は俺の番」


彼はまた私の話を聞かずに、私の手を取ったままで立ち上がる。私の目を見つめたまま、しゃがんだ。

その顔は真剣そのもので、彼の顔立ちの良さを引き立てていた。


「俺と、結婚してください」


突然、彼から放たれたのはプロポーズの言葉。これには私も驚きすぎて、口を魚みたいにぱくぱくさせることしか出来なかった。

余程、私の顔が変だったのだろう。少しだけ照れながら、楽しそうに笑っていた。


「セナがいないと、俺の生活はままならない。俺と、結婚してくれますか?」

「・・・っ、ほんと、急すぎるんだから・・・!」

「返事は?」

「・・・・・・返事なんて、決まってる」


腰を曲げて、しゃがみ込んでいる彼にキスを落とす。そして耳元にそっと口を寄せて・・・


「・・・喜んで」

「ふっ、そう言ってくれると信じてた」


そのまま優しく押し倒され、私はトランクスからのキスを素直に受け入れた。





fin.

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