短編集
□ドラマよりも素敵な現実
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「社長、可哀想よねぇ・・・」
「いくらなんでも、社長が不憫だわ」
「ほんと、社長が気の毒で・・・」
何故、俺がこんなにも可哀想だとか言われているのか。というのはつい最近まで思っていたことだ。
この会話で出てくる『社長』は決して俺のことではない。大流行中のドラマの登場人物のことだ。
最近、社会現象になっているほどのドラマがある。それは恋愛ドラマで、多くの女性を魅了していると言う。
出演している俳優や女優の演技力が高く、観ている者をぐっと引き込むような力があると評判のようだ。
そんな理由からか、男性でも観ている人が多いのだと聞いた。よって、今や高視聴率を獲得し、社会現象にまでなっているのだ。
正直、俺にはそんなもの観ている時間がないので、どんな内容なのかは分からない。
社内でもなかなか人気で、社員達は口々にドラマの感想を言い合い、楽しそうだ。
まあ、仕事に支障がなければどんなに盛り上がってくれても構わない。しかし、俺にその話を振られるのは困る。
それだけではない。さんざん可哀想だの気の毒だのと言われ、まるで自分が言われているかのような錯覚に陥ってしまう。
そこで、あまりにも気になった俺は、恋人であるセナにそのドラマについて訊いてみることにした。
あまりミーハーな性格でもないが、これだけ注目されているドラマのことなら彼女でも俺よりは知っているだろう。
「今、人気のドラマ?」
「ああ・・・知ってるか?」
「もちろん。職場の先輩に勧められて私も観たよ」
「どんな内容なんだ?」
「・・・トランクスがそんなのに興味を持つなんて」
「い、いや・・・実は、」
会社での出来事を話すと、セナは笑った。それはもう、ここ最近で一番、と言ってもいいぐらいに。
それは災難だったね。と言われたが、笑いながら言われたので全く気持ちが感じられなかった。
「ふっ・・・それは気になるよね。その『社長』がどんな扱いをされてるのか」
「そんな笑わなくても・・・」
「うん、ごめんごめん」
彼女は解りやすく、丁寧に物語を説明してくれた。
主人公はしがないOL。彼女はひょんなことから大企業の社長と関係を持ち、そのまま結婚した。(『ひょんなことから』の説明は長くなるので省くと言われた)
しかし時間が経つにつれ、もともと素っ気ない性格の旦那に不満を持つようになってしまう。
家で顔を合わせることは少なく、一緒に食事を取ることも減り、ほぼ放って置かれるような状態が続き、主人公は結婚を間違ったと思い始めた。
そこへ学生時代に仲が良かった男友達に再会し、彼から想いを告げられる。旦那とは違い、優しさに溢れた彼と楽しい時間を過ごした。
ついに彼女は旦那への想いが離れて行くことに気付く・・・と、ここまでが今までのあらすじだ。
とても王道で在り来りな話だ。けれど、やはり俳優女優の演技力に視聴者が惹かれているらしい。
「その主人公の女優さんの演技がすごくて・・・表情とか、ちょっとした仕草がよく主人公の心情を表してる」
「へぇ・・・なるほどな」
OLの女性と大企業社長。この設定があまりにも自分達に当て嵌まっていて、なんだか少しだけ重ねてしまった。
セナは中小企業で働いている。まさにあのドラマの主人公と同じ境遇だった。
俺が忙しいのもあって、あまり会えないことは事実だ。もう、何年も恋人を続けていけたのは、やっぱりセナのおかげだと思う。
セナは俺に文句を言ったことがない。不満をぶつけたこともない。寂しいとか、会いたいとか言って来たこともない。
・・・一応言っておくと、別に俺への愛情が薄いとかそういうのではない。絶対に。
「もうすぐで最終回なんだって」
「あー・・・そんなようなこと言ってたな」
「そっちでも人気なのね」
「社会現象になってるしな」
「そこまでかなあ・・・?」
今日も変わらず、何処かに出掛けるでもなく家で二人きりでいて、ただ喋って終わった。
これはセナが俺のためにと思ってのことだった。疲れているだろうから、一緒にいるだけで充分だ・・・と。
あまりにも健気な言葉とその可愛らしい微笑みに、俺は負けた。完敗だ、何にも反論できなかった。
たまには何かしなければとは思うけれど、どうにも彼女の意見を曲げることができない。
それでも幸せだった。短くても、一緒にいられる時間はとても幸せで、心が安らいだ。
・・・セナも、そう思ってくれているだろうか。