短篇書架

□てのひらいっぱいの愛
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 梓が帰ってきてない、と梓の母親から聞かされて、山の方へ探しに行けば、彼女はあっさり見つかった。
 藪に隠れるようにへたり込んで、自分を見つけるなり能天気にやぁ文次郎、と水仙を握った手を振ったくらいには無事だった。随分長い時間そこに座っていたようで、彼女の頭には葉桜がたくさん載っていた。
「なにしてるんだ」
「怒んないでよ」
「怒ってなんかない」
「声が怒ってる」
「だから怒ってない」
「喋り方が怒ってる」
「怒ってないって言ってるだろ!」
「ほら怒った!」
「五月蝿いなっ!梓なんか知らん!」
 呆れて、梓に背を向けて歩きだす。
 すると彼女は、待ってよー、と呑気な声を上げひょこひょこと追ってくる。
 仕方ないから立ち止まると、追い付いた梓はぱしりと文次郎の腕を捕まえた。頭の葉っぱはだいぶ振り落とされたようで、一枚だけがちょこんと載っていた。たぬきみたいだと文次郎は思った。
「・・・・・・ちょっと疲れちゃって休んでただけなんだからね」
「疲れるまでなにしてたんだよ」
「これ摘んでただけだもんっ」
 水仙を突き付けて明後日の方を向きながら、ぷうと頬を膨らませる。ちっとも可愛くない。
「最初からそう言えばいいだろう」
「だって・・・・・・」
 もごもごと口籠もって、梓は眼を伏せた。
「・・・わかったよ。おれが悪いんだろ」
「・・・・・・」
「はいはい、怒鳴ったりして悪かったな」
「・・・・・・」
 はーぁ、と子どもらしからぬ重苦しい溜息を吐くと、何故かむくれた幼馴染は、溜息吐くと幸せ逃げるんだよ、とけろりとした顔でのたまった。
「誰のせいだッ」
「まぁまぁ。文次郎も野苺食べなよ。すっぱいけど美味しいんだよ?」
「野苺?・・・・・・ふーん。じゃあ食べとくか」
 ひょいと手を出すと、梓はなにこれ、という表情でそれを眺める。
「・・・・・・くれるんじゃないのか」
「え、持ってないよ」
「は?」
「採った分全部食べたもん。文次郎の分なんてないよ」
「じゃあなんで・・・!」
「ないから採ってきてー」
「なんでそうなるんだっ!」
「採ってきてくれないと私お腹空いて動けない!」
「食ったんだろうが!まったく・・・・・・」
 それから梓を少し待たせて、文次郎は両のてのひらいっぱいに野苺を摘んで戻ってきた。
 ふたり分になるだろうと思っていたそれは、両手がふさがって食べられない文次郎の眼の前で、たちまち梓の腹に収まった。
「この・・・っ!ひとがせっかく摘んできたのに・・・・・・!!」
 いくつか潰れた野苺もあったのか、苺の汁で赤く染まった手を拳に握り、満足そうな梓を睨む。しかし、幼馴染の眼光などどこ吹く風、梓はごちそうさまでした!と無邪気に言って、文次郎ありがとね!と笑う。
 ・・・毒気が抜ける。
 その笑顔の前では、色々とどうでもよくなる。
 ふたたび重い息を吐き出すと、口になにかを突っ込まれた。
 甘い香りと、すっぱさが口の中に広がる。
 眼を白黒させながら飲み込んだそれは、野苺だった。
 悪戯成功とばかりににやにやする彼女を、なにするんだと睨みつけるも、怯まない。
「文次郎の分だよー」
「っていっこだけかよ」
「また採ればいいじゃない・・・また来年採れば」
「来年!?」
「もう今年の分採り尽くしちゃったと思うから」
「今年の分って・・・そんなに食ったのかよ」
「まぁまぁそんなに残念そうにしないの。来年一緒に採ってあげるから」
「いや、採ってもおまえひとりで食うだろうからやだ」
「えー、けちー」
「けちはそっちだ!」
「いいもん、来年も文次郎の分いっこだからね!」
「はっ、来年こそはおまえより食ってやる!」
「負けないもーん」
 延々山の中で敵対心を燃やし、村の大人たちが自分たちを探しに来たのは結局陽も暮れかかった頃だった。
 大人たちには散々心配され、なんで探しに行ったはずの文次郎が梓を連れてこないで言い争いしてるんだと説教された。
 それがかれこれ六年前のことである。
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