その他書架

□これからのこと
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「君は警察官だし、なにより同じ女性だ」
「ふぉ、ふぉ」
「飲み込んでから話しなよ」
 オクタン焼きを麦茶で流し込んで、セナは理解できない、と眼で訴えた。
「まさかダイゴくん、リオンちゃんといると石捜しにいけないとかそういう?」
「そうじゃない」
 それがまるきりなかったかと訊かれれば、答えに迷ったが(実際、リオンと行動を始めてから石捜しに行けていない)、ダイゴは即答した。
「君はリオンの知り合いだし、記憶に関しても、僕なんかより手助けできると思うんだ」
 もっともらしいことを言ったが、ダイゴの本心ではない。
 もちろん、リオンが記憶と、元の生活を取り戻すことを望んでいないわけではないけれど、第一の目的にはしていない。
 一緒にいたら、欲が深くなる。
 情ではなく、欲が。
 あれをしてほしい、これもしてほしいと、伝えずにいるのは思ったより苦である。
 いつかリオンの心を踏みにじって、無理強いしないと断言できなかった。
 もし、リオンが孤立無援の少女であれば、その境遇を大いに利用しただろう。しかし、予想外の繋がりを持ったセナが、リオンの前に現れた。
 取り返しのつかないことになる前に。
 リオンが正しく縋れる人物がいるのだから、託す方がきっといい。セナならば、すぐにサリカに連絡もできるだろう。
 リオンを笑って手放せるうちに。
 結局は、自分が傷付かないように。損をしないように。
 狡いだの、卑怯だの、言われないように、綺麗事を吐いた。
 友人は麦茶をもうひと口飲んで、真剣なまなざしを向けた。
「いやぁ・・・・・・ちょっと、お断りさせてもらうよ」
 凛とした声はそう答えた。
 聞き間違いかと思うほど、彼女の眼は冷静な色を称えていた。困る様子も悩む様子もなかった。
「どうして」
 ダイゴは思いもよらぬ答えに動揺したが、それをおくびにも出さないよう尋ねる。
 まずひとつ、とセナは人差し指を立てた。
「リオンちゃんは結構ヤバい組織に狙われてます」
「あの、誘拐しようとした男のことかい?」
「そう。具体的なことはまだわかってないんだけど、サリカさんがセイバー団と名乗っていたのを聞いている。あの眼鏡の男はツルイと名乗ったそうだよ」
「セイバー・・・・・・救世主?」
「らしいね。なにからこの世をお救いくださるのかはさっぱりだけど」
 で、その組織のなにがヤバいかっていうと、と言い置き、セナはタブレット端末を起動した。手慣れた様子で操作して、いくつかの画像をダイゴに見せる。
 荒らされた邸宅の様子や、なにか重要そうな資料、キープアウトのテープを張った野外の画像である。
「セイバー団らしき組織の犯行の現場写真。強盗、建造物侵入、脅迫、傷害、エトセトラ!
 あいつら、目的ははっきりしないのに、結構なんでも正当化してやってるみたい」
「みたいって・・・・・・」
「どれもヒワマキで起きていない。だから私は捜査できなかった」
 そしてこれ、とセナが見せたのは、地面に血液が広がる現場の画像だった。
 数字の入ったプレートや、白いテープが敷かれている。画像だけでは詳しい場所はわからないが、どこかの森のようである。
「さっき問い合わせてみた。スエツミ・サリカさんは、セイバー団らしい連中に襲われて、今入院している」
「なんだって?」
「意識不明の重体、面会謝絶だってさ」
 その言葉に、ダイゴは罪悪感を憶えた。
 ポケモンリーグは、民間の機関で唯一、捜査権を持っている。
 これはそこに属するのが実力者ばかりで、なおかつ大会開催時以外は比較的手が空いている者が多いからだ。
 だから重大事件が発生し、各町の警察署が対処に負えないようであれば、ポケモンリーグに協力が要請される。
 もし、ダイゴがセイバー団のことをもっと早く知っていたら、絶対に捜査に乗り出していただろう。リーグの人間に声をかけるかどうかは置いといて。
 そうすれば、サリカの悲劇は防げたかもしれないのに。
「このこと、リオンは・・・・・・」
「たぶん今は知らない。でもこのことがあって、私のところに来ようとしたのかもしれない。
 まぁ・・・・・・もし来ていたとしても、手に負えないからダイゴくんに相談したろうけど」
 一介の刑事じゃあできることなんて知れてるよ、とどこか投げやりな口調である。
「で、話を戻すんだけど、私にリオンちゃんの保護は出来ないよ」
「・・・・・・根拠は?」
「私よりダイゴくんのが強い」
 それまでおとなしく話を聞いていたメガニウムが、悄げたように鳴いた。セナがすかさず撫でる。
「うんうん、よしよし、ハイネが弱いって言ってるんじゃないんだよ」
「そうだよ。君たちは充分強いと───」
「またまたぁ! ていうかそうじゃなくって、それだけじゃなくって。
 君には誰にも真似できない放浪癖があるじゃないか!」
「ガニュー!」
 ハイネが鳴くと、外からも賛同するような声が上がる。煩いな、とダイゴは眉をひそめた。
「君の居場所ってそうそう特定できないしさぁ、やっぱり君がリオンちゃん連れている方が、遭遇率が低くなるって意味で安全だと思うんだよねぇ」
 ダイゴが返す言葉に詰まる中、メガニウムを撫でながら、そしてひとつ、とセナは言った。
「私、刑事辞めるから」
「は?」
 これには、ダイゴも驚いた。この友人は、刑事の仕事に誇りを持っていたのではなかったか。
「転職するの。君もよぉく知ってるところに」
「よく知っている? ・・・・・・まさか、デボンに?」
 セナはふっと微笑んで、敬礼してみせた。メガニウムも、つるのムチをのばして主人のポーズを真似る。
「まぁ、これからよろしくねぇ」
「・・・・・・こちらこそ、よろしく頼むよ」
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