その他書架
□空を駆ける
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デボンコーポレーションの企画室は現在、マルチナビの新機能開発に取り組んでいる。
それがなかなか難航していると、誰ともなく聞いていたダイゴは、開発担当者の元に、手土産を持って訪れた。
手土産とは、ダイゴが“気まぐれ”で完成させた、企画の資料である。プログラムに関しても、過去の発表物からの引用の記載もあって、担当者は眼を輝かせて読み始めた。
「あっ、なるほど・・・・・・これをこうして・・・・・・そうすればこっちも上手くいきそうですよ!
いやぁ、本当に助かりました。なんにも思い付かなくなってたもんで・・・・・・」
苦笑する彼に、そう、それはよかった、と微笑みを返す。自分が携わったものが人の役に立つのは、自身の思惑がどうであれ素直に嬉しかった。
「ところで、すこし頼みたいことがあるんだが・・・・・・」
「はい、なんでしょう?」
このマルチナビのデータを復元して欲しいんだ。担当者に傷だらけのマルチナビを渡すと、彼はそれをつぶさに見た後、快く引き受けてくれた。
まぁ、社長の息子を相手に、おざなりな態度は取る社員はいないと思うが。
「本体の修復は無理でしょうが、データだけならなんとかできますよ」
「そうか。どれくらいでできる?」
「うーんそうですね・・・一時間ほどお待ちいただけますか?」
「わかった。忙しいのに、無理を言ってすまないね」
「いえいえ、とんでもない。こちらに対してのせめてものお礼ですよ!」
担当者は、にこにこ顔で手土産に眼を向けた。
時間があるならと、ダイゴは社内の開発部に足を運んだ。
フロアの端、陽当たりのいい一角。
ポケモンと話せる機械の開発は、進んでいるのだろうか。
そんなことを思ったのだ。
開発チームを覗いてみれば、数人が額を寄せ合って談議していた。現在の実験台はマリルのようで、難しい顔をした大人たちを見上げて、数匹が鳴いたり跳ねたり転がったりしている。その画だけ見ると、なにが起きているのかさっぱりわからない。
どうやら、たいした進展はないらしい。
ポケモンの言葉を解する───技術者たちが何年もの間、開発の糸口さえ掴めないことを、体現するたったひとりの少女。
ますますもって、リオンの能力の貴重さがわかる。
もし、リオンが開発チームに加わったとしよう、彼女は間違いなくチームの、いや、デボンの救世主である。
ほんの数日前まで、それが最善の行動だと思っていた。父親も喜ぶし、会社の利益になるし、世の人々の助けになると。
それは、今でも頭では理解している。
だが、感情が良しとしなくなった。
リオンを差し出したくない。
もっと一緒にいたい、そばに置いていたい。
自身のポケモンに訊きたいことは、まだまだたくさんある。
リオンのことは、正直黙っておきたい。
独占してしまいたい反面、早く機械の開発が進めばいいのにとも思う。
機械さえ出来てしまえば、能力を持つ人間としてリオンに固執する必要がなくなる。セイバー団とかいう怪しげな組織に狙われることもないだろう、と。
でも、そのためにリオンの存在をおおっぴらにするのも納得いかない。
協力はしたくないのに、結果だけ急ぐなんて、なんたる我が儘だろうか。
あのマリルたちは仲間同士で会話をしている様子だ。彼らがなにを囁き交わしているのか、知らなくったって生きてはいける。
ならば何故、ポケモンの言葉を理解しようと思ったのだろう。なにが、開発のきっかけなのだろう。
もしかして、その辺りにセイバー団の真の目的もあったりするのだろうか?
セイバー、この世を救う者。
たかだかひとりの人間をそれに据えたところで、救えるほどこの世は単純なんだろうか。
救いが必要なほど、この世は荒廃しているだろうか。
少なくとも、開発チームの空気は荒んでいるが・・・・・・。
うーん。軽く唸りながらマリルたちを見ていると、後ろから肩を叩かれた。
なんの気なしに、反射で振り返る。
振り返って、ぎくりとした。
「やぁダイゴ。来てたのなら顔でも見せんか」
周囲の空気が変わったのがわかる。開発チームでも彼の存在に気付き、わたわたと起立した。尊敬の念が、わずかな緊張感を生み出している。
「すみませんね、父さん」
振り向いて、頭を下げる。
そこに立っていたのは他でもない。今日一番会いたくなかった父社長───ムクゲだった。