その他書架

□空を駆ける
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「混んでるねぇ。みんな仕事お休みなのかなぁ」
 ミナモデパートの婦人服売場で、商品を詰んだ買い物カゴを抱え、レジ清算を待っていたときに、セナがしみじみ呟いた。
 それを隣で聞いていたリオンは、それをあなたが言うのか・・・と軽い疑問を憶えながら、同じようにカゴを抱えている。
 セナが昨日付けで刑事を辞職したことは聞いている。
 だが、いつ新しい勤め先に出勤するかは聞いていない。
 ダイゴが言うには、再就職先はデボンコーポレーションとのこと。
 どうせなら、ダイゴとともにデボンへ出向いて、挨拶でもすればよかったのではないだろうか。
 そうすれば、ダイゴと離れて行動する不安を憶えることもなかったのに・・・・・・。
 お次でお待ちのお客さま、とレジの店員に声を掛けられ、セナとリオンはカゴをふたつ、レジ台に上げた。ふたりの商品は、カゴの中で交ざってしまったため、会計は同時に行うことにしたのだ。
 店員は手際よく商品をチェックして、袋に詰めていく。
 店員が合計金額を提示すると、セナは迷うことなく、自分の財布から紙幣を取り出して支払う。
 リオンが財布を取り出すと、セナは押し留めてしまった。
「え、あの」
「いいって、いいって。お姉さんに任せなさい?」
「でも」
「はいはーい、行くよー」
 会計が終わり、ふたつに分かれた袋を受け取る。セナがふたつとも持とうとするのを半ばひったくるように、重そうな方を掴むと、彼女はぷっと吹き出した。
「あぁありがとう。でもリオンちゃんのはこっち入ってるよー?」
「ではそっちもお持ちします」
「んーん、気にしないの」
 実を言うと、買い物の中身はほとんどがセナの物だ。リオンが新しく買ったのは、体格にぴったり合う下着を数枚である。
「お金は・・・・・・」
「心配いらないよ。どうせダイゴくんからもらったお金だから」
「ダイゴさんから・・・・・・?」
「君の服を買うっつったらくれたの。で、あとはなにが要る? アウターとかトップスとか全然」
 ぐう、と音がした。
 人で混雑しているのだが、その音ははっきりと、セナから聞こえた。
「買って、ない、けど・・・・・・」
 セナの言葉が尻すぼみになっていく。
 気まずそうなまなざしが、聞こえた?と問い掛けた。リオンは小さく頷いて、腕時計に眼を落とす。昼食にはまだ早い時刻だ。
「・・・・・・なにを食べましょうか」
「パフェ食べたい」
「パフェ・・・・・・?」
「そう。屋上にね、フードコートがあるんだよ。そこのアイスクリーム屋さんでパフェ売ってるんだ。食べよう?」
 よし、そうと決まれば、とセナは足取り軽く、エレベーターへ向かっていく。
 エレベーターはさほど混んでおらず、すんなりと屋上へ到着した。 
 屋上はまだ昼前だけあって人はまばらだが、それでも賑やかだった。
 明るい陽射しの陽気さも相俟って、人々は楽しそうに食事をしている。このデパートにはレストラン街もあるのだが、それに負けず劣らず、屋上フードコートも人気のようだ。
「なに食べようか。オクタン焼きもあるよ」
「オクタン焼き、お好きなのですか?」
「ん? んー、別にそんなには。それよりパフェだねぇ」
「わたしも・・・その、パフェにします」
「よしきた!」
 わくわくと、アイスクリーム屋のカウンターに向かうセナ───に、余所見をしながら歩いていた青年がぶつかった。
「わっ」
「あぁあ!?」
 青年が持っていたトレイが、宙に舞う。
 そこから投げ出されたラーメンと、炭酸飲料が、セナに振り掛かった。
 べしゃ、からん。麺や具材、空になった容器が落下する。
「熱っ」
 さほど熱くなさそうに、むしろ驚きの方が大きいような顔をして、セナは服に付いたネギやナルトなんかを手で払う。
「大丈夫ですか」
 リオンはハンカチを差し出すが、熱々のラーメンを被ったとあらば、流水で冷やす方が賢明である。
「水で冷やしましょう」
「ううん、大丈夫。掛かったの手だけだし、まだ下に染みてないし」
 下とは服の下ということである。革を張った靴は、その撥水加工によりラーメンのスープを弾いていた。
「・・・・・・あなたは、大丈夫ですか」
 リオンは青年に問いかける。ハンカチを取り出していたが、拭くこともできずにあわあわしていた。
「ぼ、ボクは大丈夫です!」
「ごめんねぇ、せっかくのラーメン台無しにしちゃって」
「いえ! そんな、滅相もない! こちらこそ、あぁいえ、あなたこそ、火傷とか大丈夫ですか!?」
「だから平気だってば」
 でも着替えたいなぁ、とセナは濡れた芳ばしい裾を引っ張る。
「さっき買ったやつ着ようかな?」
「そうした方がいいと思います!」
 そう言ったのは青年だった。
「えと、あの、冷えたら風邪を引いてしまいますから」
「冷える云々よりは気持ち悪いんだけど、そう? じゃあ着替えてくるね」
 新品の服を一式取ってから、これ持っててね、とリオンに荷物を全部託して、セナは軽快に去って行った。
 残されたリオンと青年は、
「あの、座りませんか?」
「・・・・・・そうしようか」
 ひとまず、席に着くことにした。
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