その他書架

□空を駆ける
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「お前の付き人・・・・・・なんといったかな?」
「リオンです」
「そう、リオンくんはどうした?」
 父の指摘はさっそく鋭かった。
 なんといっても、彼が付き人を付けた目的が、ダイゴの生活の矯正であり、音信不通の防止なのだから、いなくなられても困るのである。
「ちょっと席を外しております」
「そうか。・・・・・・あの開発チームに興味があるのか?」
 しかし幸いなことに、彼は強くリオンに関心を示さなかった。
 マリルたちが楽しそうにする中、思ってもみない父子の登場に動揺する研究者たち。
 彼らを見て、ムクゲは眼を和やかにした。研究者たちの緊張が、にわかに解れる。
「どうだね、調子は」
「るるーるるっ!」
 マリルが一匹、ムクゲに向かって飛びついてきた。
 ムクゲがにこにこしているものだから、遊んでもらえるとでも思ったのだろうか。他のマリルが続いて彼にじゃれつく。
「わっ、ちょっ、離れなさい!」
 研究者たちから悲鳴が上がった。社長になんてことを、という心の声聞こえてきそうだった。ひとりが「ほら、おやつだよ!」と釣ってみるが、効果はない。
 彼らがこんなにも慌てている理由を、ダイゴはなんとなく理解している。
 社員は皆、社長がポケモンと接することが苦手だと認識しているのである。
 その理由はといえば、ムクゲはポケモンを持っていない。家にエネコロロがいるが、これもムクゲが捕まえたものではない。
 彼は、ポケモンと接することが少ないのだ。だからといって、ポケモンが苦手というわけではない。
「おー、みんな元気があってよろしい!」
 むしろご満悦の様子で、マリルと戯れ始めた。
 社員がぽかんと顔を見合わせる。
 ダイゴの顔にも不思議そうな眼が留まったので、ダイゴはふふっと微笑みを返した。
 ムクゲは、ポケモンは好きなのである。そうでなければ、ポケモンの言葉がわかる機械の開発なんて、認めてさえいないだろう。
 だが、若い頃から仕事、仕事の生活で、ポケモンに関わる時間は殆どなかったと聞いている。トレーナーの旅に出てもいなければ、ポケモンジムに挑んだことすらないそうだ。
 ───だから、チャンピオンというものも大して理解していないのだろう、との不満を、ダイゴは何度呑み込んできたことか。
「遊びたいのか? よしよし。
 よし、みんなで外にでも行こうではないか!」
 ムクゲはマリルに引っつかれたまま、くるりと踵を返した。
『みんな』の範囲するところを、研究者たちは遅れて理解し───慌てて社長の後に付いていった。
 ダイゴは父のパワフルさに驚きつつ、自分とリオンに興味が逸れたことには大変ありがたく思った。
 壁掛け時計を仰ぐと、時間はそれほど経っていなかった。まだ、マルチナビのデータ復元は終わっていないだろう。
 では、その間に実家にでも寄るか、いや用などないし、誰がいるわけでもないし、などと考える。
 と、マルチナビが鳴った。
 セナだろうか、なにかあったのか、と構えていると、電話ではなくメールだった。おまけに相手は友人ではない。
 ポケモンリーグからの、一斉送信である。
『救急要請

 流星の滝の奥地にて、トレーナー一名が動けなくなったとの通報あり
 出動可能な人員は直ちに急行を』
 とのこと。
 流星の滝といえば、ここカナズミシティからさほど離れていない。
 内部にある巨大な滝が流れ星のように輝く洞窟で、その奥にはロマンを感じさせるクレーターが無数に存在している。隕石がよく発見されることでも有名だ。
 複雑な構造をしていて、野生のポケモンもなかなかレベルが高い洞窟として知られていた。
 114番道路から115番道路へ通り抜けられるように舗装された通路はあるが、それ以外の場所は、気軽に探検はできない場所だ。
 カナズミかハジツゲの警察に通報があったのだろうが、その厄介さにポケモンリーグへお鉢が回ってきたようだった。
 確信はないが、流星の滝に現在一番近いのは自分である。
 困っているトレーナーは助けなければならない。
 ダイゴはすぐに、自分が救助に向かう旨のメールを返した。
 それから近くの窓辺に立ち、開け広げると、エアームドを繰り出す。
「流星の滝まで頼むよ」
「エァー!」
 窓枠に足を掛け、よろいどりの背中に飛び移った。
 ・・・ムクゲのお出掛けから、ダイゴの出立まで、一連の様子を見ていた社員は、なんてパワフルな親子なんだろう、と呆れとも感心ともつかない念を抱いたそうだ。
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